4-35 援軍
背後にも人の気配がある。<白光>の戦士たちは完全にイーアの周囲を囲んでいた。
鎧を着こみ、それぞれが手に武器を持っている、完全に武装した戦士達。
召喚術が使えない今、イーアには逃げる他、何もできない。だけど、逃げ切れるだろうか。
傍にいるティトも、今は不死者の王に霊力を奪われて弱くなっている。
「ダークエルフ。その命、俺がもらったぁ!」
<白光>の戦士が一人駆け出し、巨大な戦斧がイーアめがけて振り下ろされそうとした、その時だった。戦斧を持つ男が前のめりに倒れた。その首からは血が噴き出している。
「我が主の命で加勢に来ました。お逃げください」
場違いなメイド姿の細身の女性が、ムチのように長くしなる細い剣を手に立っていた。
だけど、イーアには見覚えがあった。
たしか、この人は、アラムの仲間のフレイヤ人で、ベレタと呼ばれている女性だ。
もう一人の戦斧を持った白装束の戦士が叫んだ。
「たかが女一人! とっとと倒すぞ!」
だけど、その瞬間、叫んだ白装束の戦士は、背後から雷撃を受けてばったりと前のめりに倒れた。
「よっしゃ! 大命中!」
倒れた戦士の向こうには、魔導銃剣を構えたオッペンの姿があった。
「オ……!」
思わず名前を呼びそうになったところで、イーアはオッペンの正体がバレてはいけないことを思い出してとめた。
オッペンは、おかしな仮面をつけている。以前、バララセで入手したとオッペンが話していた、アグラシアでは見たことがないおかしな顔の仮面だ。
あれで変装しているつもりらしい。
オッペンの隣には、もう一人いた。
「俺を留守番にしていたことを反省しながら、早く逃げるがいい!」
オッペンの横でマーカスがそう言いながら両手にもった銃を戦士達に向かって撃った。
オッペンとマーカスなら魔法なしでも戦闘能力がある。
オッペンは召喚術が無効化されることを予知して、マーカスと一緒にイーアの救援にかけつけてくれたのだろう。
「ありがとう! じゃ、ここはまかせた!」
「おうよ! まかせろ!」
ベレタ、オッペン、マーカスが白装束の戦士たちと戦ってくれている隙に、イーアは走って逃げた。
『まさかあいつらに助けられるとは』と、壁になるようにイーアの後ろを走りながらティトがつぶやいていた。
「逃がすか! ダークエルフ!」
そう言ってイーアを狙い撃ちしようとする林の中の白装束の弓兵めがけて、オッペンは魔導銃剣で魔法弾を撃ち込んだ。
オッペンは敵全員の位置を、襲いかかる直前にあらかじめ把握していた。
バララセの戦場を渡り歩いてきたオッペンは、こういう戦いに慣れていた。
だが、オッペンの武器は父からもらった古い魔導銃剣を改造したものなので、一発撃つと、次を撃てるようになるまでに少し時間がかかる。
別の戦士がイーアを追いかけようとしていた。
「くそっ!」
オッペンはもたついていたが、走りだした戦士に向かってベレタが小剣を投げた。
小剣が膝裏に刺さり、戦士は転んだ。そこへ跳躍したベレタが上から後頭部に向かってしなる剣を刺した。
マーカスは長剣を持つ戦士にむかって銃撃を加えた。
長剣を持つ白装束の戦士は手甲で弾を振り払い、銃弾は跳ね返され豆鉄砲のように地面に落ちていった。
「帝国を守護する精鋭である我々<白光の騎士>が、メイドと子どもなんかに邪魔されてたまるものか!」
そう叫び、マーカスに向かって、戦士が剣を振った。
マーカスは後ろにさがってよけようとしたが、戦士のスピードにはかなわず、マーカスの両腕が切断され、銃を持ったまま地面に落ちた。
マーカスの両腕から赤い血のようなものが噴き出た。
「うわぁ! 死ぬ! 死ぬ!」
マーカスは叫んで後ろに倒れ、のた打ち回るように転がった。
両腕を斬られ、後は出血多量で死ぬのを待つしかない、という様子に見えた。
「ふん。子どもを斬るのは後味が悪いな。身の程知らずが。我らを撃とうなどとするから……」
戦士は返り血をぬぐいながらそう言い、倒れたマーカスに背をむけた。
その戦士の後ろ姿に向かって、苦しむ演技をやめたマーカスは、腕の中に仕込んである魔導銃を向け、よーく狙って撃った。
魔法弾が後頭部に炸裂して、戦士は倒れた。
マーカスに撃たれて倒れた戦士に追撃を加えながら、オッペンは言った。
「お前、人形のくせになんで血がでるんだよ。こえーぜ。ホラーかよ」
「うるさい。バカ親父が作ったこのボディは血の通ったボディなんだ」
マーカスの体を流れる血液みたいに見える赤い液体は、より人間そっくりに見せるための装飾的な液体だ。
もちろん普通の魔動人形にはそんな機能はない。
マーカスの父はできる限り人間そっくりに作りたかったらしく、家に残されていた一番精巧なマーカス人形には、この血を流す独自の機能がついていた。
ただの飾りなので、出血死することはないし、マーカスは痛みも感じない。
だが、魔力がこめられた液体なので、いざとなればマーカスはこの「血」で呪符や魔法陣を書いたりすることもできる。
「くそっ! 女・子どもと思って手を抜いてやれば! ダークエルフの前に、早くこいつらを始末するぞ!」
槍を持った戦士が吠えた。
いつの間にか、オッペンの魔導銃の一撃を受けて倒れていたはずの戦斧を持った戦士も戦闘に戻っていた。
「こいつら、魔法弾の効きが悪い。魔法攻撃を弱める装備を着ているんだ」
「マーカスは休んでろよ」
魔導銃以外に攻撃手段がない状態のマーカスにそう言って、オッペンは左腕につけた腕輪を触った。
アスカルがオッペンに貸し与えたその腕輪は<ドゥラシンドの腕輪>と呼ばれる魔具で、占術の<制約>を一時的にかけることができる。
<予知能力を1日分犠牲にささげる。2秒先までの予知能力を5分間与えよ>
元々オッペンは、高い未来予知能力を持っている。
だが、優れた才能の持ち主が占術士としての修練を行っても、100%の確率で未来予知することは不可能だ。
アスカルやエレイが言うには、ひとりだけ、異常な未来予知能力を持った人間がいたらしいが、通常は<代償>の秘儀で能力を上げ、<制約>で能力を縛り、それで初めて高確率で未来を当てることができるようになる。
今、オッペンは<ドゥラシンドの腕輪>でこの先1日分の予知能力を失う代わりに、5分間だけ、2秒先までの予知能力を向上させた。
オッペンは今、2秒先までの敵の動きをほぼ確実に知ることができる。
たった2秒だが、コンマ1秒の世界で闘う戦士にとっては、2秒は決定的に長い時間だ。
その2秒で勝負は決した。
槍の軌道と戦斧の振り下ろされるタイミングを瞬時に見切ったオッペンは突き出される槍をよけながら槍使いに銃剣を叩きつけ蹴とばし、振り下ろされる戦斧の下に転がした。
味方を斧で叩き割ってしまい一瞬動揺する斧使いののど元をオッペンは銃剣で突き、そのまま振り回した銃剣で首を叩き折った。
「どうだ、見たか。おれはなぁ、占術の練習してる時間より、剣術の練習してる方が長ぇんだよ」
勝ちほこるオッペンにマーカスは冷ややかな声で言った。
「お前の師匠が聞いたら絶対嘆くだろ、それ」
マーカスの言葉にオッペンは自信満々に答えた。
「おう。ししょーはいつも嘆いていたぜ」
「こんな弟子はほんとに嫌だな。おい、早くあの人の援護に行くぞ」
ベレタは向こうで両手剣の戦士と弓兵と同時に戦っていた。
オッペンとマーカスはベレタの援護に向かったが、その時、ベレタはすでに戦士を切り伏せるところだった。
逃げようとする弓兵に、その逃走路を完全に把握していたオッペンが魔導銃剣の弾を命中させ、戦いは終わった。




