4-33 不審者
<星読みの塔>近くの山の中に、ユウリはチラチラと光り続ける不審な光を見つけた。
今まではあんな光はなかったはずだ。
まがりなりにも警備のためにここにいる身だから、見つけたからにはユウリは無視できなかった。
風をまとい空を飛び、ユウリが不審な光が見えたあたりに向かうと、すぐに白装束の魔導士がひとり倒木に腰かけ口笛を吹いているのを見つけた。
服装から<白光>の<実践者>だとわかる。
道化師のような奇妙な笑顔がはりついた銀仮面をつけていて、その仮面に見覚えはなかったが、声を聞いた瞬間に、ユウリはそれが誰だかわかった。
「いやぁ、坊ちゃん。お元気そうで」
ベグランの異名が<道化師>だと、以前誰かに聞いたことを思い出しながら、ユウリはたずねた。
「ベグランさん。なぜここに?」
警戒心を隠せなかった。
<白光>からの連絡ならホスルッドからくるはずで、ホスルッドに連絡できない事情があったとしてもクロー派の魔導士が来るはずだ。
何かと情報を教えてはくれるが、ベグランはウラジナル配下の魔導士。ユウリにとってはもっとも恐れなくてはいけない人間の一人だった。
ベグランは肩をすくめた。
「そう邪険にしないでくれよ。久しぶりに君とおしゃべりしたくなって立ち寄っただけさ。いやぁ、ここは良いところだ。景色もよくて空気もいい。のんびり過ごすには最高だねぇ。星読みの占術士連中は塔に閉じこもってばかりだが」
ベグランはそう言いながら立ち上がって、美しい湖と離宮の方を見て伸びをした。わざとらしい動作だった。
「僕に何を言いに?」
「ギルフレイ侯爵領で起こっていることは知ってるかい?」
「ハザリア平原で反乱軍と帝国軍の戦闘が起こり、反乱軍の敗残兵を追って帝国軍がギルフレイ侯爵領内で掃討作戦を行っている、と聞きました」
それが帝国内で公表されている情報だった。
「そうそう。ハザリア平原での戦い自体は反乱軍の勝ちで、普通ならそのまま帝都を落とされ終わりってなるところだったんだが。死者を操る不死者の王っていう古代魔術のバケモンが反乱軍を撤退させてね。今は不死者の王は侯爵領内で反乱勢力と戦闘中だ」
「不死者の王?」
ユウリは何も知らないふりをして尋ねた。
「不死者の王ってのは、ウラジナル団長閣下が支配者の石板を使って作った最終兵器さ。剣も魔法もほとんど攻撃が効かない。倒す術なんてないバケモンだ」
予想通り、不死者の王はウラジナルが古代魔術と支配者の石板を使ってつくったものだったらしい。
ユウリは冷ややかに言った。
「これで帝国は安泰ですね」
ベグランは肩をすくめた。
「どうかねぇ。喉もとまで攻めこまれちまったからねぇ。帝国が盤石だなんて、もう誰も信じちゃいない。あとは不死者の王頼みだが」
ハザリア平原の戦いで、遅かれ早かれ近い内に帝国は滅ぶと考える人が増えだした。それが何を意味するのか、この時、ユウリはまだ理解していなかった。
ベグランは話し続けた。
「不死者の王で侯爵領内の反乱戦力を一掃する……と見せかけて、実は団長閣下の狙いはダークエルフでね。ま、反乱軍全軍よりあの少女一人の方が恐ろしいってのはもう嫌ってほど思い知っているからねぇ。あぁ、ダークエルフは怖い怖い。死んでも死なないしぶとさもさることながら、あっちを寝返らせこっちを寝返らせ、あっちとそっちに手を組ませ、気がついたら我らが栄光の大帝国はすっかり虫の息。とんだ策略家だねぇ」
(狙いはイーア?)
ユウリの胸の内がざわついた。
イーアからは、不死者の王を倒すのは難しいが動きは遅く攻撃をよけるのは簡単だと聞いていた。
だから、今やアグラシアでトップクラスの召喚士であるイーアに危険はないだろう、とユウリは思っていた。
だが、不死者の王が、ウラジナルがイーアを殺害するために造った魔導兵器だとすれば、ただ死者を操るだけの巨人ではないはずだ。
「ほらね。君も興味あるだろう? いっしょに見物しようぜ。不死者の王とダークエルフの戦いを」
ベグランの手から水晶玉が浮き上がり、水晶から虚空に映像が投射された。
映し出されたのはどこか林の中で、そこにはイーアの姿が映しだされていた。




