4-29 『風雷の魔豹王 ドライヒルト』
闇討ちしてくるワイヒルトを返り討ちにしながら、獣道をひたすらロロロが言う方向にむかって進んでいくと、やがて草木のほとんど生えていない場所に出た。
崖の間に広い空間がひろがっていて、そこだけ嵐の真っただ中のような強い風が吹き荒れていた。
激しい風が砂や小石を吹き上げながら竜巻のように吹き続けている。
その砂埃のせいで視界が悪く、その先がどうなっているのかはよく見えない。
しかも、巻き上げられた砂や小石がぶつかってくるのでその場にいるだけで、痛い。
『強い精霊がいるのは、この先だぞ。とっても強い獣だ。正直、おれっちは会いたくない』
ロロロは強風を避けるため顔をイーアの肩にうずめながらそう言った。
この、壁のように行く手を阻んでいる暴風の先に、とても強い霊獣がいるらしい。
『わかった。ありがとう、ロロロ。カンラビのみんなによろしくね。パラオーチもありがとう。またね』
ロロロとパラオーチを帰して、イーアとティトはとりあえず、モンペル達が風を遮るために造ってくれたモンペルの壁の影に入って身を低くしながら考えた。
『この先、どうやって進めばいいんだろ? ものすごい風で歩くのも大変だよね』
モンペルの壁がなければ、立っているのも難しいだろう。
しかも、奥に行くにつれて風は強くなり、小石だけじゃなく、もっと大きな石まで吹き飛ばされている。
ティトは暴風にうんざりした顔で言った。
『ここを進むのは、あきらめよう』
『うん、そうだね』
イーアはあっさり決めた。
進むのが無理なら、進まなければいい。
このすぐ先に目的の霊獣がいるなら。
イーアは大声で呼びかけてみた。
『こんにちはー! イーランのことを知ってるー?』
吹き荒れる風の轟音の他には、何も聞こえない。
(こんな風じゃ、向こうまで聞こえないかな)とイーアは思って、さらに大声をだした。
『イーランのこと、知ってるー?』
やはり、返事はない。
ティトはげんなりした顔で前足の間に顔を入れて耳を押さえていたけれど、イーアはもっとがんばって大声を出した。
『イーランのこと、教えてー!』
ティトは低いうめき声をあげながら『うるさすぎる』とつぶやいていたけれど、イーアはさらに何度も叫んだ。
『イーランの来る場所、教えてー!』
『イーランに、会いたいのー!』
イーアが全力で叫び続けていると、突然、雷のような怒声が響いた。
『うるさい!』
『イーアの大声は本当にうるさいからな』と横でティトがつぶやいた。
(そういえば、精霊語って霊的な言葉だから物理的な声の大きさとは違うんだっけ)と、イーアは昔受けた召喚術の授業を思い出した。
けれど、自分が精霊的にどれくらいの大声を出していたのか、イーアにはよくわからなかった。
たしかなのは、あの嵐の轟音を超えて、向こう側までちゃんと届いていたってことだ。大声のまま。
『うるさい! うるさい! うるさいぞ! どこのどいつだ!』
雷鳴のような声で怒鳴りながら、吹き荒れる竜巻の中から黒い影が出てきた。
ワイヒルトに似ているけれど、もっと大きくて、毛が逆立っていて、黒い毛並みには緑の他に、黄色い模様が入っている。
見るからに、ワイヒルトよりずっと強そうな霊獣だ。
『こんにちは! わたしはウェルグァンダルの召喚士でガネンの民のイーア。あなたは?』
『お前なんぞに答えるものか! 大声エルフめ!』
激しく吠えるように怒鳴られてしまったけれど、代わりにティトがイーアに教えた。
『あいつは、風雷の魔豹王ドライヒルトだ。トイネリアのドライヒルトは話のわかるやつだって、昔、父ちゃんが言ってたけど、話のわからなさそうな、おっさんだな。イーアに昼寝を邪魔されて怒ってるんじゃないか?』
ドライヒルトはティトをギロリと睨み、低く唸るように言った。
『ラシュトのこわっぱが俺の縄張りになんのようだ。嚙み殺されたくなかったら、とっとと失せろ』
『ティトは、わたしといっしょにイーランを探してるの。イーランが来る場所を知らない?』
『なぜイーランを探す?』
『悪い人間達が、支配者の石板の力を使って、攻撃が効かない、死なないバケモノをつくりだしたから。そのバケモノを倒すには、すごく強力な治癒魔法が必要で、誰も倒せないけど、イーランなら倒せるかもしれないから』
『攻撃しても倒せない死なないバケモノ? 珍妙な怪物だな。だが、そういう存在なら、たしかにイーランなら倒せるかもしれない』
『本当!?』
ドライヒルトはしかめっ面でイーア達にたずねた。
『だが、支配者の石板はガネンの森で守っていたのではないのか? お前達の他のガネンの民とラシュト達はどうした?』
ドライヒルトは、『支配者の石板』のことやガネンの民のことは知っているみたいだけど、ガネンの森で起きたことは何も知らないようだ。
『ガネンの民とラシュトは、ずっと前に、わたしたち以外、みんな殺されちゃったよ。アグラシア帝国の人間に』
イーアがそう教えると、ドライヒルトは面食らったような表情になった。
『なんだと……。お前達のようなガキ一匹ずつを残して……』
ティトがいらいらしたようにドライヒルトをせかした。
『おっさん。いいから、早くイーランの居場所を教えてくれ』
『イーランの休み処なら、その先の小山の上だ。だが、今はイーランはいないぞ』
ドライヒルトは鼻で崖の向こうの霊樹の茂った丘をさした。
『ありがとう! 行ってみる!』
だけど、すぐに向かおうとするイーアに、ドライヒルトは言った。
『行っても無駄だ。イーランは来ない』




