4-25 イーランは何処?
イーランとの契約は、ガリにもゲオにも無理だ。可能性があるのはイーアだけだろう。ガリはきっぱりとそう言い、ゲオも同意した。
ゲオはイーランについてこう説明した。
「確かなことは何もわからないのだが、イーランは普段は平和を愛する温厚な霊獣で、強い生命回復能力を持つといわれる。生息地は不明だが、霊獣の王といわれるからには、おそらくは霊獣が多い場所の方が遭遇する確率が高いだろう。だが、過去に人界でも目撃情報はあり、ある地域の伝承では、イーランは戦乱の終わりと泰平の世を告げる存在であり、仁徳を持つ新たな王の前に現れるのだという」
イーアがゲオがこう言っていたと伝えると、ティトは言った。
『だけど、それは、人間の伝説だろ?』
『うん。ゲオ先生の話って、わたし達が知ってるイーランとちょっとイメージが違うよね。ガネンの森で知られてるイーランって、特に用事はないけどたまにふらっと遊びにくる霊獣だよね?』
『ああ。そんな感じだな。イーランがどんな力を持ってるか、誰もよく知らないんだ。でも、なんか偉そうだから、すごいんだろ』
たしかに『イーランの来訪所』があったり、イーランの来訪を祝うお祭りがあったりして、イーランはガネンの森でも特別扱いされていた。
『誰もイーランの能力を知らないってことは、ゲオ先生がいうように、イーランが蘇生術を使える可能性はあるね。今の希望はイーランだけだから、イーランを探そう。……でも、イーランってどこにいるんだろ?』
『今はガネンの森にはいないぞ』
それはイーアも知っている。イーランが来たら教えてくれるように、『イーランの来訪所』にいる精霊達に頼んであるから。
『イーランって、どれくらいの頻度でガネンの森にくるんだっけ?』
『すぐ来る時もあれば、全然来ない時もあるらしい。でも、おれ達は人間の時間はよくわからん』
精霊は人間と同じようには時間を計っていないから、何か月とか何年とかいう間隔はわからない。
精霊の寿命は種族によって全然違って、すぐ消えてしまう短命のものもいれば永遠のように生きるものもいる。
そして、ラシュトはけっこう長生きだ。
だから、『すぐ来た』と言っても何年もたっているかもしれないし、『全然来ない』時なんて百年以上経っているかもしれない。
『イーランはわたしが小さい時にガネンの森に一回来て、それから、グランドールの奨学生試験の時に、もう一回ガネンの森に来たんだよね?』
『ああ。あの時は、頼んだら気軽にイーアのとこに顔をだしてくれたな』
前回イーランがガネンの森に来た時、イーアはグランドールで奨学生試験を受けていた。
ティトがガネンの森でイーランに会ったのが、ちょうど面接試験でイーアがガリに指示されて一番強い召喚獣を呼ぶ呪文を唱えた時だった。
あの時、ティトに頼まれたイーランが、ティトの代わりにちょっとだけ、本当の姿ではなく小さな姿で召喚されてくれた。
あれは本当に奇跡的な偶然だったのだ。
ゲオは、イーランが召喚されたことなんて他には一度もないだろうし、とても信じられないと言った。
何も知らないイーアはあの時小さな美しい霊獣の姿を見て、思わず「かわいー」と言って、態度が失礼だとイーランに怒られてしまったけれど。
ティトの話では、後でイーランはイーアのことを『見どころがある』と言っていたらしいから、本気で怒っていたわけではないはずだ。
イーア達が知っているイーランはそんな感じでけっこう気さくな霊獣なのだ。
『前にガネンの森に来た時から2年以上たってるけど、今すぐイーランが来る可能性は低いよね』
『まだ来ないだろ。この前来たばかりだ」
ティトはそう言ったから、やっぱり、ラシュトの感覚では数年は数日みたいなもののようだ。
『うん。他の場所を探そう。不死者の王がギルフレイ侯爵領に来るまでもう時間がないから、急がないと。やっぱり、まずはあそこかな』
イーアはザヒから渡された、異界トイネリアへの鍵となる魔道具を取り出した。
『トイネリアは霊獣がいっぱいいる所だから、きっとガネンの森みたいにどこかにイーランが立ち寄る場所があるはず。その場所を探そう』
ティトは顔を大きな前足でかきながら言った。
『昔、父ちゃんが世界を旅してトイネリアにも行ったって言っていたな。だけど、どうやってトイネリアに行くんだ?』
『ザヒの話だと、エルブロン山っていう雪山にトイネリアに繋がる場所があって、そこでこの魔道具を使うんだって』
ティトはぶるっと黄金色の体を震わせた。
『雪山? おれは寒いとこは無理だぞ』




