4-16 バルトル
「そりゃそうと、君の所属するクロー派を支えてる一番の有力者が誰か知ってるかい?」
「師匠では?」
ベグランの問いに、ユウリは苦々しく答えた。
ユウリのホスルッドに対する感情は、元々これ以上なく冷え切っていたが、イーアがマーカスを復活させるために一時的にグランドールに戻った時に、さらに壊滅的に悪化した。
ホスルッドはグランドールの教師をとりこみ、イーア達の監視と支配者の石板の強奪を行わせたのだ。
その時になってホスルッドは自分が実の父親だとユウリにようやく明かしたが、ユウリは「あなたを父とは思わない。僕の父はグランドール入学まで育ててくれたナミン先生です」と冷たく告げた。
「いんや。名目上はクロー本家当主のホスルッドさんだが。ホスルッドさんは若い上に、クローらしい人だからねぇ。答えは、もう一人の幹部バルトルさんさ」
「バルトルさんが?」
たしかにバルトルの魔導師としての名声や地位、貴族としての地位、すべてがホスルッドより上だ。
だが、ユウリにはバルトルがクロー派だということが、信じられなかった。
「そうさ。幹部連中の中のクロー派はバルトルさんとホスルッドさんの二人。で、実質的に派閥を切り盛りしているのはバルトルさんだ」
「でも、古代魔術はスタグヌス派じゃ?」
「いや。クローの一族はみんな自動的にクローって言ったろ?」
「バルトルさんはクロー家よりも上の家格の伯爵家レドウィン家の方だったはずです」
ユウリは帝国貴族の名と爵位を一通り頭にいれていた。
貴族の一員になるためというより、イーアを助けるために何かの役に立つかもしれない、と思って覚えたのだが、実際、貴族の間では当然の常識なので、貴族と接することが多い今は必須の知識だった。
「そりゃ、貴族としては、だ。クローの本家は、とんでもないからねぇ。問題行動が多すぎて没落してんのさ」
クローの一族の歴史は公にされていないことも多いが、クロー家は確かに普通なら爵位を奪われても、追放されても仕方がないようなことを度々起こしており、いまだ帝国貴族の地位を保っていることが不思議な家だった。
「結果、分家だった家系の方が貴族としては偉くなっている。ま、分家といっても、何百年も前に分かれた家系だったりするんだが。傍流の家系の多くは表の貴族社会じゃクロー家との関わりは消えているが、ここでは続いている。つまり、レドウィン家はここではクローの一族なのさ」
ユウリが無言でいると、ベグランは説明をつづけた。
「クローの本家は自然魔法がお得意だが、傍流の家系に生まれた者は古代魔術をやる者もいる。自然魔法ってのは、術者の魔力と技術がほとんど、つまり、生まれ持った素質がものをいう。誰もが君やホスルッドさんみたいに意のままに風水を操れるわけじゃない。だから、そういう素質がなけりゃ、古代魔術の方がいいってわけさ。バルトルさんは万能タイプだが。ま、君がお偉いさんと仲良くするなら、まずはバルトルさんってわけだ。なのに、会ったこともない? ひゃー。信じられないね」
ベグランはもう一度大げさに驚いたふりをしてから、要件を言った。
「何はともあれ、バルトルさんが君を探していたのさ。早く行ったほうがいいと思うぜ」
ユウリはベグランに教わったバルトルの部屋に向かった。
実際に会ってみると、バルトルにはどこかで一度、会ったことがあった。
おそらく入団してすぐの頃、ホスルッドがバルトルにユウリを紹介したのだろう。
あの時ユウリは、誰が誰だかわからない状態で色んな人に紹介され、ただ促されるままにあいさつをしていたので、相手がバルトルだと理解していなかった。
それきり、バルトルには会ったことも話したこともなかったはずだ。
だが、バルトルはまるで長い間よく知っている間柄のように、親戚の伯父さんのような親し気な雰囲気で、ユウリを部屋に迎え入れた。
しばらく雑談をした後、バルトルは何気なく言った。
「そうそう。近々、ホスルッド君から正式に話があると思うが、君にはしばらく任務で<星読みの塔>に行ってもらうことになったよ」
「<星読みの塔>?」
世間話でもしているかのような何気ない穏やかな声でバルトルは言った。
「これ以上、ウラジナル団長のお怒りを買いたくないのでね。我々の力にも限りがあるから、彼の周囲は嗅ぎまわらないでほしい。知りたいことは私かホスルッド君に聞くように。といっても、我々は例の石板や兵器については何も知らされていないのだが。あれはスタグヌス派の専権事項でね」
「……わかりました」
ユウリは理解した。バルトルには全部バレている。
ユウリが<白光>の敵であるダークエルフとつながっていること。実はスパイとして動いていること。支配者の石板の情報を集めようとしていること。
すべて知った上で握りつぶしているが、これ以上は無理だから、支配者の石板の在処は探すな。
そう警告しているのだ。
本来はホスルッドがユウリに伝えるべきことだが、二人の関係がどういう状態かも知っているのだろう。だから、ホスルッドに任せられないと判断して、バルトル自ら告げることにしたのだ。
「うむ。頼むよ。君には期待しているんだ。君にはクローの歴代魔導士にはない稀有な才能があるからね」
「それは、買い被りすぎです。僕の才能はそれほどでは」
ユウリは小さな子どもの頃から天才だと言われ続けてきたが、バルトルはあっさりうなずいて言った。
「ああ、もちろん、魔術の才能のことを言っているのではないよ。君程度の才能は珍しくない。クロー家では」
バルトル自身、幼少期から桁はずれな魔術の才能の持ち主だったという。
家柄でなく実力で<白光>の幹部にのぼりつめるような魔導師は大抵そうなのだ。
そんなバルトルからみれば、ユウリの魔術の才能も普通にみえるのだろう。
「私が稀有な才能と言ったのはね。感情を頭脳で制御する能力のことだ。クローの本家にはこれが欠けていてね。ホスルッド君然り。皆、正直で良い子なのだが。権謀術数、面従腹背の世で上には立てない。だが、君にはその才能がありそうだ。だから、君には期待しているよ」
そう言って、バルトルは人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。




