4-15 <白光>の派閥
ユウリは<白光>の神殿で、支配者の石板あるいは帝国の新型兵器についての情報を集めようとしていた。
だが、支配者の石板を管理しているのは、団長のウラジナルとその配下の者達だ。
長年<白光>に所属してはいるものの、幹部には決してなれないような魔導士の中には、その辺でよく噂話をしている者達もいて、ユウリは彼らの会話をよく盗み聞いていた。
彼らは世間一般の人々と比べれば多くの情報を知っているが、支配者の石板に関してはほとんど何も知らないようだった。
今日も、欲しい情報の代わりに聞こえてきたのはこんな会話だった。
「だが、不気味なのはクローの一派だ。いくら身内に甘いクローとはいえ。なぜ敵とつながっている裏切者を放置しているのだ。才ある者だというならば、なおさら早急に手を打たねばならぬはずだろう」
「いや、何も不思議ではない。クロー派は保険をかけているのだ」
「保険?」
「そう、あれは、いざという時のための保険だろう。陛下への忠誠厚い団長閣下は面白くないはずだが。無理にあれを狩れば、クロー派は黙っていない。今は手をこまねいているのだろう」
「そういうことか。スタグヌス派とクロー派。派閥争いが激化しそうだ。我々は距離の取り方が難しくなるな」
「うむ。両派閥の全面抗争となれば命の灯などいくらでも吹き飛ぶからな」
噂話をしている彼らが裏切者と言っているのは、おそらくユウリのことだ。
あの魔導士達は、自分たちが今まさにそのスパイに話を聞かれていることには気が付いていないようだが。
<白光>内ではすでに、ユウリとイーアのつながりが、だいぶ知られてしまっているようだ。
クロー家の跡取り、という身分、あるいは、愛のためなら何をしでかすかわからないホスルッドの性格が知れ渡っているせいで、まだ辛うじてユウリの首はつながっている。
(これ以上の情報はここでは集められないな)
ユウリがそう考えながら廊下を歩いていると、ふいに呼び止められた。
ベグランだった。
「いたいた。クローの坊ちゃん。バルトルさんが君を呼んでるよ」
「バルトルさん……? 古代魔術の魔導師で、魔導士協会副会長の? なぜ、僕を……?」
バルトルは今のアグラシアで三本の指に入る高名な魔導師だった。
「なぜ? って、そんなこと言われちゃ、俺が驚いちまうぜ? バルトルさんに会ったこともない、なんて冗談、言わないでくれよ」
ベグランの物言いに、ユウリはとまどった。
「バルトル様の高名は知っていますが……」
正直、記憶にある限り、ユウリはバルトルと面識はない。
ベグランは大げさに驚いてみせた。
「ひゃあ。驚いた。本気で知らないのかい。君は自分の派閥について何も知らないのかい?」
「知りません。ですが、派閥があるというなら、クローの派閥ですか?」
「そうそう、君はまごうことなきクロー派だ。クローの一族は全員自動的にクロー派。逆に言うと、一族以外の者はいないのがクロー派だ。クロー派は、今は、第2か第3派閥ってとこかな。クロー本家は問題行動が多くて権力欲がない。だから、団長を出したこともほとんどないが、傍流の家系に有力者が多くて結束が強いから派閥としては結構強い。それでもレイゼ派の方が数が多くて外での力が強いから、あっちが第2派閥だって俺は思ってんだが」
「レイゼ派というのは、<慈愛のレイゼ>のレイゼの派閥ということですか? 治癒術師の派閥?」
<白光>開祖の一人に<慈愛のレイゼ>と呼ばれる治癒術に長けた魔導士がいた。
<白光>の内部は、<白光>開祖の魔導士達の名を冠した派閥で別れているらしい。
「そうさ、レイゼの名前を掲げる派閥だ。レイゼは治癒師だったが、その子孫は治癒術以外を専門とする者が多かったから、今は幅広い魔術の門派に広がっているがね。レイゼを祖とする血筋の者もいるが、全く関係ない家柄の者も多い。あそこは特に教会と軍との結びつきが強いから、結構な権力持っててねぇ。それじゃ、問題だ。今ここを牛耳っている第一派閥の名前は?」
ここまで聞けばそれは簡単な問だった。
「ウラジナル団長の派閥ですよね。<白光>の開祖のうち、古代魔術で知られたのは<賢人スタグヌス>。スタグヌス派ですか?」
「その通り。今の第一派閥はウラジナル団長閣下率いる実力者ぞろいのスタグヌス派だ。<賢人スタグヌス>の弟子たちを祖とする門派で、もっぱら古代魔術の一派だね。スタグヌスの子孫はいないからスタグヌス派は血縁は関係ないんだが、古代魔術の入門者自体が家系で限られてるから、そういう意味じゃ家柄も関係はある」
「ベグランさんは、スタグヌス派ですか?」
「いんや。俺はスタグヌス派の下働きしてるただの召使いみたいなもんさ。アンドルさんはスタグヌス派だったが。俺みたいなやつは古代魔術なんてかじらせてもらえないからな」
平民出のベグランが権力から遠いところにいるのは確かなようだが、それでいてベグランは正式な団員であり<実践者>の地位にいる。
<新参者>から<実践者>へは経験年数でほぼ確実に昇格可能とはいえ、出自に関わらずその地位にいるベグランは、相当な実力を持っているに違いなかった。
そして、そんなベグランともいつか対峙する時が来るのかもしれない。




