3-30 王宮門の破壊
広場の六芒星が完成した直後、六芒星の一角を形作っていた仲間が頭を撃ち抜かれて倒れるのが見えた。
それでもケイニスは冷静に呪文を唱え続けた。
<汝の下僕はここに願う。流れる血を贄に途絶える命を贄に……>
死んでも位置が変わらなければ問題はない。
今日ここにいる仲間は全員、死は覚悟の上だった。
ケイニスがやるべきことは、その死に報いることだった。
魔導士部隊は、広場に出現した闇の沼のようなもの、魔導士達を襲う水魔法の発生地点に、雷魔法で集中攻撃を加え始めた。
そのおかげで、群衆やケイニスへは魔法攻撃がこなくなった。
門の周辺ではさらに大きな混乱が起こっているようだった。
ケイニスにははっきりとは見えないが、なぜか魔物が出現し、銃兵が次々に倒れているように見えた。
存在するはずのない援軍がケイニスを助け続けていた。
そうでなければとっくに失敗しているはずのケイニス達の計画を、何者かが助けてくれている。
門に近いところにいた黄色のローブを着た仲間が、剣を握り突撃してきた兵士に切られた。
だが、もう詠唱は終わる。
ケイニスは最後の言葉を唱えた。
<……神の剛力でかの障害を貫き壊せ>
この古代魔法は、最初に張った結界の中で流れされた血と失われた命を破壊力に変え、指定した地点に攻撃を加える魔法だった。
結界内で死傷した犠牲者が多ければ多いほど、威力があがる。
広場に光が満ちた。
光は中央に収束していき王宮の門へと激流となって流れていった。
(やったか……?)
ケイニスにとって生まれて初めて唱えた大がかりな古代魔術だった。ケイニスに自信はなかった。
だが光が消えた時、厳重な結界が張られていたはずの王宮の門は、そこになかった。
ひしゃげた巨大な門の残骸の前でジャルバンの声が響いた。
「王宮門を壊したぞ! 見たか! 俺達の力を! 民衆の力を!」
叫び声が響き、最前列にいた人々が破壊された門から王宮内へと流れこんでいった。
その様子を、ケイニスは屋根の上から呆然と見下ろしていた。
王宮に直接与えたダメージは大したものではない。
大切な命をいくつも失って、たかが門をひとつ壊しただけだ。
だが、王宮の敷地内に敵対勢力が侵入したのは、帝国史上、初めてのことだった。
それは人々を鼓舞するのには十分だろう。
この門の破壊は、革命の狼煙になるだろうか?
この出来事がこれから何を引き起こすのか、ケイニスにはまだ確信はなかった。
だが、この瞬間、何かが変わったことを、ケイニスは感じ取った。
・・・・・・
ボーバンドは呆然としていた。
破られることのないはずの、王宮門の結界が破られ、門が破壊された。
それも、社会の底辺で這いまわる取るに足らない虫のような存在だと、これまでボーバンドが信じてきた庶民によって。
「見たか! 俺達の力を! 民衆の力を!」
薄汚い革命主義者の若者が門の傍でそう叫んでいた。
どうしてこんなことになったのか、ボーバンドには理解できなかった。
ボーバンドは歴史が変わるその瞬間を目撃していることに気が付いていなかった。
これをきっかけに各地で民衆蜂起が起こりアグラシア帝国が大きく揺らぐなどということは、ボーバンドには想像できなかった。
ボーバンドはただ自分のキャリアが終わったことだけを悟った。
門内に薄汚い民衆が流れこんできた。
その光景はボーバンドの怒りを燃え上がらせた。
「奴らを殺せ! 門内の奴らも広場の中の奴らも、一人残らず殺し尽くせ!」
命令を受けた魔導士部隊が攻撃を始め、門内に入った革命主義者たちは、すぐに広場の方へと逃げだした。
「もう十分だ! 撤退しろ!」
そう革命主義者の若者が叫ぶ一方で、ボーバンドは叫んでいた。
「奴らを殺せ! 全員殺せ!」
一方的な殺戮で蹂躙しなければボーバンドの気はすまなかった。
だが、直後、空に巨大な醜い鳥のような、見たことのない怪物が出現した。
広場の上空にいた魔導士達が、アグラシアの空には不似合いな極彩色の奇怪で巨大な怪鳥の爪で引き裂かれていく。
「なんだあの魔物は……。まさか、これは召喚術? 革命主義者の中に召喚士がいるのか!? クソッ!」
ボーバンドは上空へと飛び立った。
襲いかかる巨大な怪鳥に魔法攻撃をくらわせながら、広場の中にいるはずの召喚士を探そうとするボーバンドに、部下が叫んだ。
「隊長! 攻撃をやめるように、白の筋から連絡がきました!」
ボーバンドは怒鳴り返した。
「なぜ<白光>がしゃしゃりでてくるんだ!」
「わかりませんが、すぐに攻撃をやめるようにと……」
「やめるものか! ここを守るのは俺達の仕事だ。こうなったら<王宮門防衛装置>を起動する! 魔物とテロリストどもを根絶やしにするぞ!」
王宮門には、大がかりな魔法攻撃装置が用意されている。
一度も使用されたことはないが、その魔法攻撃は門前に攻め来る敵の大軍を焼き払うにたる火力を持つはずだった。
だが、ボーバンドの部下は不満そうだった。
「あれは敵国が攻めてきた時のためのものです。広場の周囲の建物も破壊されます。広場内にいる人間はもちろん、近くの建物内にいる人々も巻き添えになり、市民がどれだけ死ぬかわかりません。あれをただの暴徒相手に使うのですか?」
「ただの暴徒? 奴らは王宮門を破ったテロリストどもだろう!」
「ですが、暴徒はすでに逃走を開始していて、脅威にはならな……」
「奴らを逃がすわけにはいかん! つべこべ言うな。上官命令が聞けないのか? <王宮門防衛装置>を起動しろ!」
「……はっ」




