3-26 王宮警備隊長1
その日、王宮警備の責任者は王宮警備隊隊長ボーバンドだった。
王宮警備隊の将官は全員が貴族だ。
ボーバンドはそこそこの貴族の家に生まれ、そこそこの優秀さでラグチェスターを卒業し、そこそこの能力と上官へのすぐれた気配りで順調に出世してきた。
貴族社会を生きてきた平凡な貴族の男だった。
この日、国王は離宮に滞在しているため、警備隊に緊張感は希薄だった。
だが、そもそも王宮警備隊の敵襲に対する警戒感はいつでも希薄だ。
隣りの共和国とはずっと国境付近での小競り合いが続く戦争状態とはいえ、強大なアグラシア帝国の首都まで攻め込んでくるような敵国はもう何百年も存在しない。
帝都では革命主義者のテロが散発していたとはいえ、どれも警察が扱う、取るに足らない事件だった。
だから、王宮警備隊はもう何百年も戦闘と無縁の日々を過ごす、ルーティン業務をこなすだけの部隊だった。
今日もボーバンドにとっては、王宮前広場でボランティアをやっているラグチェスター校のかわいい後輩たちを歓迎してやる以外に、とりたてていつもと違うことのない一日になるはずだった。
ところが、革命主義者のデモ隊が王宮前広場に乱入してきた。
広場の混乱を前に、ボーバンドは慌てて部下に指示を出した。
「門の前を固めろ。それから、ラグチェスターの生徒たちは絶対に守れ。有力者の子弟も多い。あの子ども達から死者を出せば我々のクビがとぶぞ!」
「はっ! 一個分隊を彼らの警護にまわします」
「ラグチェスター生の避難が終わったら、上空から魔導士部隊による攻撃を開始する。革命主義者どもを根絶やしにしろ!」
「広場内の市民はどうしますか?」
「構うものか。平民どもなんて。どうせ革命主義者との見分けなんてつかん」
「全員殺して構わないと?」
まだ若い士官はとがめるような表情でそう問い返したが、ボーバンドはその視線にいらっとし、怒鳴りつけた。
「必要なら全員殺せ! なんとしてでも絶対に王宮の門は守るのだ。奴らに突破されでもしろ。よくても全員2階級降格、この先の出世はふっとぶぞ」
いまだかつて敵軍に突破されたことのないこの王宮の門が、万が一、ただの平民たちに打ち破られでもすれば、ボーバンドは、一生、笑いものになる。
軍はやめることになるだろう。妻には一生小言を言われるか、離縁されるだろう。
そんな不名誉を、騒ぎ立てる平民のせいで被るなんて、絶対にありえないことだった。
「平民どもが」
スローガンを叫びながら広場内に充満していく民衆を、ボーバンドは害虫でも見るような目で忌々し気に睨みつけた。




