2-17 聖域
『それじゃ、ロロロ、お願い』
『おう。おれっちがオーロガロンに食われないことを祈っててくれよな』
聖域の入り口で、イーアは、双頭の炎氷狼オルゾロの背にのったロロロを見送った。
オーロガロンが住む聖域にはイーアもランも立ち入り許可がおりなかったから、イーアはもうあきらめようと思った。だけど、霊獣のロロロが「おれっちがオーロガロンと会って話をしてやるよ」と言ってくれたから、ロロロに頼むことにしたのだ。
だけど、オーロガロンはロロロの種族をたべちゃうこともあるらしいので、イーアは護衛にオルゾロを召喚した。
これで、だいじょうぶ……と思いたいけど、実は召喚獣がどこまでイーアから離れられるかわからない。
だから、ロロロの姿が見えなくなってから、イーアは心配になってきた。
(うーん。ロロロだいじょうぶかな……やっぱ不安だよ~。こっそり追いかけ……ちゃ、だめだよねぇ)
イーアがカンラビ族の規則を破れば、いっしょにいるモイオやランに迷惑がかかる。
ロロロを待っている間、なにもできることはなかった。
聖域の入り口には木が生い茂り眺めはよくない。
近くの大きな石に座ってランとおしゃべりしようかな、とイーアが思った時。一瞬、あたりが暗くなった。
上空を巨大な何かがよこぎっていった。そして、空をつんざくように激しい鳴き声がいくつも響いた。
ランが叫んだ。
『オーロガロン!』
そして激しい爆発音のような音が何度も何度も鳴り響いた。
イーアの耳に、『ダメージが契約量を超えたため、オルゾロを帰還させます』という『友契の書』の声が聞こえた。
イーアはあわてて『友契の書』にたずねた。
『友契の書、何が起こったの?』
『友契の書』は答えなかったけれど、その時には、こっちにむかって走ってくるロロロの姿が見えた。
『たすけてくれ~!』
『ロロロ!』
ランが走っていってロロロを抱えた。
『何があったの?』
『へんな人間がいるんだ! 見たことない奴だ! 全身白い服を着ている奴だ! オーロガロンを魔法で襲ってる!』
(白装束の魔導士……!?)
『聖域に侵入者? オーロガロンをたすけないと』
そう言って走り出そうとするランの腕をイーアはつかんでとめた。
『まって。敵が白装束の魔導士なら、殺されちゃう。モイオとランは村に戻って、村の人達をどこか安全なところに避難させて。オーロガロンは、わたしが見てくる』
『それじゃ、イーアが、あぶない』
『だいじょうぶ。わたしは召喚士だから』
『友契の書』を見せてそう言いながら、イーアは大丈夫じゃないことを、よくわかっていた。
もしもここにいるのがギルフレイ卿なら、イーアでは手も足もでない。ウェルグァンダルで禁止されている溶岩魔神の召喚をしたとしても、瞬殺されるだろう。
だけど、この間にも激しい戦闘音と、オーロガロンの空を切り裂くような鳴き声が響いていた。
ティトはきっと、イーアもランと一緒に避難しろと言うだろう。ガリもそう言うだろう。
だけど、放っておけばきっと、グランドールで地底の精霊たちが大量に殺されたように、岩竜モルドーが殺されたように、ここでオーロガロンたちが殺されてしまう。
『ランとモイオは先に避難してて』
そうつげて、イーアは走り出した。
上空では、数羽の巨大なオーロガロンが激しい鳴き声を轟かせながら、飛び交っていた。
聖域の中へと進むにつれ、あきらかに精霊の気配が濃くなっていった。
イーアは走り続けた。
じきに、巨大な羽が地面や樹木の上に散乱しているのが見え、そして、地面に倒れるオーロガロンの巨体が見えた。
イーアはオーロガロンの翼の下に潜り込むようにして、近づいた。
倒れているオーロガロンはかなりダメージを受けているけれど、ちゃんと生きている。
『アロアロ、オーロガロンの治療をして』
イーアは傷を治すことのできるガネンの森の精霊アロアロを呼んだ。アロアロに重傷を治す力はないけれど、何もしないよりはましだ。
『ここで引き返せ』
声でふりかえると、ティトがイーアの横に出現していた。
『まだ敵には見つかっていない。ここで引き返すんだ』
警戒するように身を低くして耳を動かしながら、ティトは小声でそう言った。
だけど、イーアはつぶやいた。
『ティト……この先に何があるのかな。白装束がいるってことは、ひょっとして、ここにも支配者の石板の欠片が?』
『なんでもいいから、帰ろう。トカゲかぶれだって言ってただろ。生きて帰るのが一番大事だって』
その通りだ。だけど、イーアは冷静に考えていた。
もしここにいる<白光>がギルフレイ卿なら、見つかる前に逃げるしかない。
でも、倒されたオーロガロンは一体だけ。しかも、そのオーロガロンはまだ生きている。ということは、たぶん、ここにいるのはあの絶望的な強さをもつ魔導師ではない。
オーロガロンを襲ったのが<白光>だとしても、ここにいるのは、たぶん、別の魔導士だ。
そのとき、もうひとり、イーアが呼んでいないのに精霊が出現していた。そして、のんきな声で言った。
『あー。思い出しました。ここです、ここです。ほら、あの草のむこうに神殿がみえるでしょ』
『カゲ?』
勝手に出てきたカゲが指さす方向には、ツタに覆われた神殿の遺跡のようなものがある。
『ここにあの道具があるんですよ』
過去を知ることができるという魔道具が、あの遺跡の中にあるらしい。
ティトが低く小さく唸った。
『おまえは、何者なんだ?』
『いやはや、それはまだ思い出せないのです。でも、隠し扉の場所は思い出しましたよ』
『隠し扉?』
イーアが聞き返すと、カゲは説明した。
『あの神殿の入り口です。正面に見える入り口は、トラップだらけで大変なんですよ。だから、入るなら、隠し扉から入らないと』
それを聞いて、イーアは気がついた。
『ティト、隠し扉からなら、見つからずに入れるかも』
白装束の魔導士は、たぶん、正面の入り口から入っているはずだ。
ティトは不満げに小さく唸ったけど、もうなにも言わなかった。




