2-16 異邦人
ランとコサの家に帰ってからも、オッペンはひとことも口をきかず、ごはんも食べずに、布にくるまって寝てしまった。
ロロロがイーアにたずねた。
『じゃあ、墓守があの小僧の父親なのか?』
『そうみたい。お父さんが生きててよかったって、わたしは思うんだけど……』
オッペンの父は、カンラビの人たちに助けられた後、帝国軍兵士として罪のない人々まで殺してきたことを後悔して、傷が治った後も帰還せず、犠牲者達の弔いを続けてきたらしい。
だけど、それは、父と帝国軍を英雄視してきたオッペンにとっては、受け入れがたい話だった。
イーアがため息をつくと、ロロロは大きな目をきょろきょろさせながら言った。
『そのうち機嫌をなおすだろ。人間ってのは、すぐ気分が変わる生き物だからな』
『……人間って、複雑なんだよ。ロロロ』
しばらくして、モイオが、長老からの伝言を伝えに来た。やっぱり、イーアが聖域に入ることは許可されなかった。
「やっぱりだめだよね。モイオ、伝えにきてくれて、ありがとう」
予想通りだったので、イーアは別に悔しいとも残念とも思わなかった。だめならだめで、あきらめればいいだけだ。
そもそもガリも最初から、任務は失敗でいいと言っていた。大きな被害が出ているわけではないみたいだから、オーロガロンの件は放っておこう。
イーアがそう考えていると、ランが精霊語で言った。
『イーアがカンラビの巫女になれば許可されるかも?』
『そうだそうだ。カンラビじゃ、おれっちとしゃべれる女が巫女になるんだ。だから、巫女になっちまえよ』
ロロロもそう言ったけど。
『わたしはよそ者だからなれないよ』
イーアがそう答えていると、コサが、ランをつついて通訳をさせた。
話を理解したコサが何か言うと、ランは驚いたように笑い出して、からかうようにカンラビの言葉で何か言った。コサはあわてて否定するような動作をしていたけれど、イーアには何の話をしているのかまったくわからない。
ロロロがプククッと笑いながら、説明してくれた。
『コサのやつ、おれと結婚してカンラビ族になればいい、つってたぞ』
『ええ!?』
おどろくイーアに、ランが笑いながら言った。
『コサ、イーアのこと好きみたい』
ロロロはさらに言った。
『つーか、じっさい、村の若い男みんなイーアにほれてそうだぞ。さっきからしょっちゅう家の中のぞきに来てるだろ?』
たしかに、やたらとコサの友達みたいな少年たちが遊びに来る。コサとランのおばあちゃんに、どんどん追い返されているけど。
『外から来た人がめずらしいからじゃ?』
『ちがう。イーアがとてもかわいいから』と、ランが笑いながら言った。
『えー。ランの方がきれいだよ』
お世辞じゃなく、ランの笑顔はまぶしいくらいに美しい。
だけど、イーアは人生ではじめてモテた気がして、ちょっとうれしかった。
イーアは、ずっと無意識のうちに、美少女というのはユウリみたいなさらさらの金髪に白い肌をもっていないといけない、と思いこんでいた。
学校でかわいい、きれい、と言われていた子はみんなそうだったし、絵画や物語の中の美しい人々もみんなそうだったから。
だけど、今、イーアは茶色の肌を、黒い髪の毛を、自然に美しいと思えるようになっていた。
その晩、イーアは横になりながら思った。
カンラビの村は、すんなりなじめて居心地がいい。
イーアは気が付いた。ひょっとしたら今まで、オームでも帝都近郊でもイーアはずっとどこか居心地が悪かったのかもしれない。
イーアはケイニスのように奴隷人種だからと酷い目にあわされたことはなかった。だけど、ただ道を歩いているだけで、ただそこにいるだけで、視線が注がれているのは感じていた。
ずっとそうだったから気にしていなかったけれど。イーアは他の子と同じように帝国で育ったはずなのに、同じようには見てもらえなかった。
だけど、ここでは、外から来たよそ者なのに、言葉もわからないのに、イーアはすんなりなじんでいる。
(わたしが……バララセ人だから?)
イーアは自分がガネンの民であるという自覚はあっても、バララセ人だと思ったことはなかった。
ンワラデに最初に会った時にバララセ人と言われた時は「違います」とはっきり否定しそうだった。今でも、やっぱり違う気がする。
イーアはガネンの森と、アグラシアで育った。バララセのことは何も知らない。
もしもガネンの森の入り口がバララセ大陸にあったとしても、ガネンの森は人界と隔絶しているから、イーアはバララセで生まれたとはいえない。
イーアはたぶんバララセ人ではない。
でも、バララセに来てよかった、と思った。
その晩、イーアは寝ようとしていてふと思い出した。
昔、お父さんがイーアをひざにのせながら言っていた。
『お母さんが森に来た時、みーんなお母さんと結婚したがったんだ。でも、お父さんが一番いい男だったから、お母さんはお父さんを選んだんだ』
あの時、おばあちゃんはあきれたように『全員ふられてあんた以外はあきらめたのに、あんただけは何回ふられても、あきらめなかったんだからねぇ』とお父さんに言っていたけど。
そんなことより、イーアは気が付いた。
(あれ? お母さんって、もともとガネンの民じゃなかった……?)
見た目からは特に違いはわからなかった。だけど、森の外から来たということは、そういうことだ。
ひょっとしたら、お母さんが使った、イーアの記憶を封印するかわりに敵に見つからなくする術は、ガネンの民の術ではないのかもしれない。だとすれば、あれは何だったのだろう。もしかしたら、魔導士の魔術……?
(お母さんって、どんな人だったんだろ。やさしくて、きれいで……)
イーアはお母さんを思い出そうとしながら、いつのまにか眠りについていた。




