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ダークエルフの召喚士 ~精霊の森の生き残り、魔法学校へ行く~  作者: しゃぼてん
第2部 2章 カンラビの戦い

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2-15 墓

 翌日、イーアはあらためてカンラビ族の長老たちにオーロガロンの話を聞いた。


「オーロガロンは神域にすまう神のつかい」


 カンラビの村の長老の言葉をモイオが帝国の言葉に通訳してくれる。

 ランとロロロもいっしょにいるから、『オーロガロンはこの辺からうごかない、変な鳥なんだ』と、ロロロも補足説明してくれた。

 ふつう精霊は人間の言葉を理解しないけど、ロロロはずっとこの村に住んでいるから、この村の人達の言葉をおぼえたらしい。


「オーロガロンの住まう地には立ち入ることが許されない。儀式の日、巫女のみが許される」


 そうモイオが長老の言葉を訳すと、『巫女とおれっちな』とロロロが言った。イーアはたずねた。


「オーロガロンがこの近くのあちこちで暴れているから解決してほしいという依頼が、ウェルグァンダルの塔に来たんですが、何か知りませんか?」


 イーアがたずねると、長老は重たげな眼でしゃべり、モイオが無表情に通訳をした。


「オーロガロンが怒る時、それは人が禁じられたことを行った時。悪いのは人間」


「禁じられたことって、何かわかりますか?」


「一番多いのは、禁じられた場所に誰か立ち入った時」


「一度、オーロガロンと話をしてみたいんです。オーロガロンの住む場所に入っちゃだめですか?」


 モイオからイーアの頼みを聞いた長老は口を閉ざした。ランが長老に何かを言ってくれた。結論は、長老たちの会議の後で、ということになった。

 でも、たぶん無理だろう、とモイオは外に出てから言った。


「召喚士といえば、アグラシアの魔導士。マデバの王ンワラデ。カンラビはアグラシア人、マデバ族、どちらも嫌いだ」


 なんとなく、そうだろうとは思っていたけれど。


(召喚士が嫌われていなくても、神聖な場所によそもののわたしが入れるわけないよね。巫女なら入れるなら、ランとロロロにお願いできないかな)


 イーアがそう考えながらランの家に戻ろうと歩いていると、むこうから怒鳴り合う声が聞こえてきた。


 家の前でコサとオッペンが、どなりあい、殴り合いのケンカをしている。

 お互い、相手の言葉はわからないはずなのに、ののしりあっている……イーアもコサの言葉はわからないけれど、悪口を言っていることだけはわかる。


 ロロロがのんびり精霊語で『ありゃりゃ。しかたねーな。コサは帝国の人間が大っ嫌いだからな。解放軍のリーダーになって帝国人をバララセから追い出すのが夢なんだ』と言った。

 オッペンの夢は帝国兵になって帝国の敵を魔法で吹き飛ばすことだ、とは、イーアは言わなかったけど。

でも、たぶん、言わなくてもオッペンの気持ちがコサに伝わっちゃっているんだろう。


 ケンカ自体は、オッペンが負けそうだった。

 ランが、たぶん、「やめて」という意味のカンラビの言葉を叫んだ。

 その声で、オッペンとコサのふたりはふりかえって、こちらに気が付いて、殴り合いをやめた。それから、それぞれプイっと反対側を向いた。


 モイオがイーアにたずねた。


「なぜ、あの子どもをつれてきた。カンラビを、バララセを、嫌っているのに」


 オッペンは「野蛮人」だのなんだのさんざん罵っていたから、言葉のわかるモイオには全部伝わってしまった。イーアは申し訳なく思いながら説明した。


「オッペンは、お父さんのお墓を探しにきてて」


「父?」


「オッペンのお父さんは帝国軍の兵士で、この辺りで亡くなったみたいで。家には骨も送られてこなかったから、お墓を探しにきたんです。ないかもしれないけど」


 イーアは、戦場跡の様子を見たとき、思った。

 たぶん、オッペンのお父さんの遺骨は野原や密林のどこかに放置されていて、今はもう見つけるのは難しいだろう、と。

 だけど、モイオは言った。


「帝国軍兵士の墓、作ってある」



 モイオはイーアとオッペンをその場所へとつれていってくれた。

 カンラビの村からすこし離れた所に、そのお墓はあった。

 大きな盛り土の上に彫刻が施された木の柱が建っている場所がいくつかあり、それがお墓だという。

 柱の周囲には軍服の切れ端や色んな小物が置かれていた。死んだ帝国軍兵が身に着けていたものだろう。

 離れた所にもいくつか、同じような墓があり、むこうはバララセ解放軍兵士の墓らしい。


「帝国軍、死んだ兵を放置する。我々は敵であろうと戦士への礼を忘れない。それに、帝国軍の兵士には奴隷兵もいる。無理矢理戦わされている同胞たちだ。だから、近くに放置された遺体はなるべく埋葬している。近頃は回収が追いつかないが」


 お墓の前で、オッペンが崩れるようにひざをついた。

 しばらくして、モイオはつぶやくように言った。


「帝国軍は何度もカンラビの村に攻めてきた。昔、カンラビの村は3つあった。そのうちのふたつは、もうない。女、子ども、みんな帝国軍に殺された。ランとコサの両親と赤ん坊の妹も、帝国軍に殺された。一番奥にあった今の村だけが残った」


 オッペンがふりかえって叫んだ。


「ウソだ! 帝国軍がそんなことするもんか!」


「本当だ。帝国軍はバララセに来てからずっと、人々を殺し、奪い、奴隷にしてきた。帝国はバララセの人間を人間だとは思っていない」


 モイオは上半身を覆っていた服を脱いだ。モイオの背中はひどい傷跡で醜く変形していた。


「俺はお前より小さい時に誘拐され、奴隷にされた。見ろ。これが奴隷がムチ打たれた痕だ」


 オッペンは叫んだ。


「嘘だ! そんなの。帝国軍は正義の軍隊なんだ。バララセで悪い奴らを倒して、野蛮人の子どもを救ってるんだ! だからみんな帝国に感謝してるんだ!」


 イーアは、オームにいた時から、そんな話を信じたことはなかった。ナミン先生が、別の話をしていたから。

 でも、たしかに学校のみんなはオッペンが言うみたいなことを信じていた。

 モイオはいつも通りの落ち着いた低い声で言った。


「嘘じゃない。この背をみて嘘といえるか? 親と妹を殺されたコサとランに嘘といえるか?」


 混乱したような、怯えたような顔で、オッペンはモイオを見ていた。


「うそだ!」


 オッペンは叫んで、密林の中へ走り去ってしまった。


「オッペン!」


 イーアが呼んでも、オッペンは振り返りもしなかった。


『おいおい。この先のあたりって、けっこう強い獣いるぜ? あいつ、だいじょうぶか?』


 イーアの肩にのっていっしょに来ていたロロロがそう言った。


『だめかも。追いかけなきゃ』


 オッペンが走っていったのは、密林の中の細い獣道だった。

 イーアがあわてて走って追いかけようとすると、モイオが言った。


「この道は、村の跡地につながっている。跡地には墓守がいる」


「墓守?」


「墓守は、帝国軍の兵士だった。死にかけていたのを、我々が手当てして、生きのびた。それからずっと、ここで墓守をしている」


 細い道をどんどん進んで行くと、村の跡らしき場所についた。

 跡地にはぐねぐねとした草木がしげり、家の残骸はもうほとんど自然にかえっている。

 だけど一軒だけ、かろうじて形を保っている小屋があった。


 その小屋の前に、男がひとり立っていた。男には片腕がなく、片足をひきずっていた。

 男はカンラビの村人と同じような服をきているけれど、少し肌の色が白くて、髪の毛は汚れた金色だった。

 モイオがたずねた。


「墓守。子どもが来なかったか?」

 

 モイオがたずねると、元帝国軍兵士の男は、呆然とした表情で指さした。


「あっちに走ってった。俺が見たのが幻じゃねぇなら」





 イーアは、ロロロといっしょにオッペンの後を追った。ロロロは鼻がよかったから、オッペンを追いかけることができた。

 オッペンは茂みの影で泣いていた。イーアはひとりで近づいた。


「うそだ。うそだ。ぜんぶうそだ……」


 つぶやき続けるオッペンに、イーアはしずかに言った。


「たぶん、うそじゃないよ」

 

 でも、言うまでもなく、たぶん、オッペンはモイオの話はうそじゃないとわかっているはずだ。だからこそ、モイオの前から逃げ出したのだ。

 オッペンは顔をあげず、ひとりつぶやき続けていた。


「うそだ。うそだ。帝国軍は正義の軍隊なんだ。父ちゃんはみんなを救うために勇敢に戦って死んだんだ。あいつは、ちがう。あいつは、ちがう。あいつは、父ちゃんじゃない」


 イーアは、はっとして、聞き返した。


「オッペン? 今、なんて?」


 オッペンは地面をげんこつでたたいた。


「なんで、生きてんだよ! こんなところで。あいつは。死んでればよかったのに!」


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