2-14 カンラビの村
霊獣を肩にのせた少女が、弓を手にした少年を説得している。
少年と少女は、イーアにはわからない言葉をしゃべっていた。カンラビ族の言葉らしい。
ふたりともとても大きな鳥の羽で装飾された服を着ている。
イーアはすでに、オルゾロを帰還させた。
霊獣をつれているランというカンラビ族の少女には、精霊語が通じた。
イーアはランに、海で遭難したことと、ウェルグァンダルの召喚士としてオーロガロンが暴れている事件の解決に来たことを説明した。
ランは理解してくれた。けれど、コサという少年は精霊語を理解しないから、怒り狂っている。
しばらくかかったけれど、ランがコサを説得してくれて、イーア達を村へ連れていってくれることになった。
偶然だけど、ウェルグァンダルの任務が進みそうだ。
でも、コサという少年はむっつりしていて、ずっとこちらに敵意を飛ばし続けていた。オッペンもオッペンで、コサのことを敵視している気配がガンガン漂ってくる。
一方、イーアは、村につくころにはすっかりランと仲良くなっていた。
『ランに精霊語が通じてよかったよ』
ランとは普通に精霊語でおしゃべりができる。
『わたしはカンラビの巫女。巫女は精霊と話せる。あなたも巫女?』
『ううん。わたしの村ではみんな精霊語をしゃべっていたよ』
イーアはもうほとんどおぼえていないけど、ガネンの民はみんな精霊とおしゃべりしていた気がする。
『あなたの村、どこ?』
『どこかはわからないけど、精霊がたくさん住んでいる森。ここにもたくさん精霊がいるの?』
『村に住むのはロロロだけ。オーロガロンが住む聖域にはもっと精霊がいる。でも、聖域は立ち入り禁止』
ロロロというのは、ランが連れている小さな霊獣だ。
『おれっちは、村で一番えらいんだぜ』と、ロロロは言っていた。えらいかどうかはわからないけど、ランによると、ロロロの種族は神様の使いとしてカンラビ族に大事にされているらしい。
ランの村には木でできた建物が並んでいて、みんなランやコサと同じような赤や黄色のきれいな羽飾りがついた服を着ていた。ランの話によると、この羽飾りはオーロガロンの羽でできているらしい。
イーア達は、カンラビ族の長老と会った。村人の一人、モイオという人が帝国の言葉を話せたので、長老との会談の通訳になってくれた。
長老はあまりイーア達を歓迎していない感じだったけれど、イーアたちは、今夜ランとコサの家に泊めてもらえることになった。
長老との会談の後、通訳をしてれたモイオが別れる前にイーアに忠告した。
「帝国軍が近くまで攻めてきている。巻きこまれる前に早く帰ったほうがいい。捕まれば、殺されるか奴隷として売り払われる」
ランとコサは姉弟で、おじいちゃんおばあちゃんといっしょに住んでいた。
ランのおじいちゃんおばあちゃんは優しい人達で、イーアはカンラビの密林でとれる食べ物で作ったおいしい料理をごちそうになった。
オッペンは、反乱軍の協力者の家に泊まるのが嫌でずっとむっつりしていたけれど、イーアは楽しかった。食後、ランといろいろお話をした。
ランとコサの両親はすでに亡くなっていて、お兄ちゃんはカンラビの密林を出てバララセ解放軍に入ったという。
ランから話を聞いていると、イーアは帝国で聞いていた話と全く違うことに気が付いた。
帝国では、バララセ人は帝国の支配を歓迎していて、ごく一部の悪いバララセ人がたまに反乱を起こしている、と言われている。
だけど、本当は、帝国がバララセ大陸に支配を広げた時からずっと、バララセ人の多くは、侵略者であり横暴な支配者である帝国に反感をもっている。
マデバ族のように協力してきた人たちもいるけれど、実はずっと抵抗する人たちがいて、それを帝国が圧倒的な武力で抑え続けてきた。
そこまでは、イーアはナミン先生に教わって知っていた。
カンラビの村でイーアが初めて知ったのは、その情勢が変わりつつあるということだった。
バララセ東部の戦況は膠着状態だけど、南部では、バララセ解放軍がいまだかつてないほど、勢力をひろげているのだという。
『このままいけば、バララセから帝国を追い出せるかも』とランは希望にあふれた顔で言っていた。帝国では、そんなニュースは一切報じられていない。そして、ロロロは言った。
『だけど、ランの兄貴の話じゃ、最近、アグラシアからやったら強い魔導師がやってきて、南部の解放軍がまた苦戦してるらしいんだ。ひとりで1000人の兵士より強いとか、大災害までおこしちまうとか、言われてるらしい。ま、おれっちとしては、ここが無事で、カンラビのみんなが元気なら、それでいいけどな』
『その魔導師って……ギルフレイ卿?』
イーアがたずねると、ロロロはあごをかきながら言った。
『そうそう、そんな名前のやつ』
イーアは思った。ギルフレイ卿がバララセに飛ばされたのは、単なる左遷じゃなかったのかもしれない。バララセ南部の支配を維持するのにギルフレイ卿の力が必要なくらい、帝国軍は苦戦しているのかもしれない。
帝国の繁栄は永遠だと、帝国の人達は信じている。
だけど、今、世界が大きく変わろうとしているのかもしれない、とイーアは感じた。
ランたちとのおしゃべりを終えて寝る前。イーアはヤララに通信鳥で連絡をした。心配はいらないと連絡するために。
『カンラビ族の村についたよ。オーロガロンの任務を進めるね。ンワラデにも安心してって知らせておいて』
『ええ!? ティロモサに襲われて遭難してたのに。どうやって?』 とヤララはおどろいていた。
『歩いてたら、カンラビの人達に会ったんだよ』
『すごい強運……』
『そういえば、すごく運いいね。ひょっとしてオッペンの力なのかな。あ、そうだ。ガリに文句言っておいて。ティロモサ、全然おだやかじゃないよって』
『ガリは、言っても無駄だと思う』
『だね。じゃ、おやすみ』
『おやすみ』
通信がきれてただの小さな霊鳥に戻ったケピョンにも『おやすみ』と言ってから、イーアは眠った。




