2-7 占術の才能
「自業自得よ」とキャシーは言っていたけれど、イーアはオッペンがかわいそうになったから、後で、ひとりでシャヒーン先生の部屋にむかった。
「シャヒーン先生、その、オッペンに弟子入りのチャンスをつくってあげたのはいいけど、これじゃ、オッペンがかわいそうです。あの<宣告>を解除してあげてください」
シャヒーン先生は、オッペンへの罪滅ぼしのつもりでアスカルに頼んでオッペンが占術の名門に入門できるチャンスを作ってあげたのだろう。
キャシーの話によれば、<星読みの塔>への入門はとてつもなく難しくて、占術士をめざしている誰もが願っているけれど、かなわない夢なのだそうだ。
だから、本来はとてもすばらしい話のはずだけど、これじゃ、オッペンがかわいそうだ。
シャヒーン先生はきっぱりと断言した。
「あの子には、もともと占術以外の才能は皆無だよ。<宣告>があってもなくても、初級魔法だってろくに使えやしないよ」
「それは、そうかも……。でも、でも、努力すれば、初級魔法くらい……」
「あの子には、むりだね。魔導工学、薬学、魔法陣学なんかは努力すれば誰でもできるようになるけどね。魔法を使えるかってのは、もともとの魔力の素質がものをいうから、実は入学の時の魔力測定でだいたいわかってるんだよ。やる気をなくされちゃ困るから、あんたたちには言わないけどね」
実感として、イーアはそれを知っていた。初等魔学校には、どんなにがんばっても全く魔法を使えない子がいた。それに、どんなに練習したって、イーアはユウリのようには魔法を使えない。
それでも、イーアはオッペンのために言った。
「でも、軍に入って活躍するのがオッペンの夢なんです。だから、むりやり占術をやらせるのは、かわいそうです」
シャヒーン先生はため息をついて小声で言った。
「これはオッペンには内緒にしておくれよ。実はね、軍が一番ほしがってるのは、占術士なんだよ」
「え?」
イーアは驚いた。たぶん、オッペンもそんなことはまったく知らないはずだ。
シャヒーン先生は小声で説明してくれた。
「未来予知ほど、軍や権力者にとって有用な魔術はないからね。極秘にされてるけどね、軍には占術の秘密施設があるくらいさ」
「じゃあ、オッペンは占術士になった方が軍に入れる……? でも、アスカルさんは、オッペンは軍にも入らないって宣告しちゃったから……」
シャヒーン先生は暗い声で言った。
「占術士を軍がほしがってるってのは、いい話じゃないんだよ。優秀な占術士は野放しにできないって国や軍は考えてんのさ。これまでも特に優秀な、特に未来予知ができるような奴は、才能がわかりしだい<星読みの塔>か軍に監禁されてきたんだ。一生自由がないんだ、かわいそうなもんさ。あたしみたいな才能のないのは放置だけどね。だから、うちの学校では、占術の才能ってのは、あたしと校長しか知らないようにしてる、トップシークレットなのさ」
イーアは青ざめながら言った。
「先生、それ、わたしに言っちゃまずいんじゃ……」
トップシークレットは絶対に秘密にしないといけないのに、こんなにあっさり一般生徒にしゃべっちゃうなんて。シャヒーン先生はいつもむちゃくちゃだけど、さすがにこれはまずい。
そう思ってイーアはあぜんとしていたけれど、シャヒーン先生は言った。
「どうせ、あんたは気づいてるだろ。じきにみんな気がつくようになる。今はあの子の言動のおかげで周囲をだませているけどね」
「オッペンに、だましてる自覚はないですけど……」
たしかに、イーアは、いっしょにすごしている中で、オッペンの占術の力がけた外れなことには気が付いていた。当然ユウリも気が付いている。いっしょに授業を受けているキャシーやアイシャ、他の同級生だって、うすうす気が付いていてもおかしくない。
シャヒーン先生は、いつになく、真面目な顔で言った。
「あたしゃね。占術を戦争の、人殺しの道具には使ってほしくないんだよ。占術ってのは、人を幸せにするためにあるんだと、あたしは信じていたいんだ。だけど、このままじゃ、オッペンはいずれ軍にとられて、否応なしに占術を人殺しのために使い続けて一生を終えることになる。どんなに嫌がっても、奴ら、逃がしちゃくれないからね。だから、あたしは、軍にとられる前に、あの子をアスカルにまかせることにしたんだよ。アスカルの改革で、今の<星読みの塔>は昔よりずっとましなところになってる。アスカルなら、あの子にのびのびやらせてくれるさ」
「じゃ、あのアスカルさんの<宣告>は、オッペンを軍にとられないために?」
シャヒーン先生はうなずいて言った。
「そうさ。アスカルに事情は話しておいたからね。だけど、軍に入らないって<宣告>が出たのはラッキーさね。あの術は、実は、もともと可能性の高い未来しか宣告できないんだよ」
「つまり、<宣告>がなくても、そうなっていたってことですか? あれ? それって普通の占いと同じなんじゃ……」
<宣告>と言っているだけで、実はただ占い結果を伝えているのと同じに思えたけれど、シャヒーン先生が説明してくれた。
「基本は同じさね。でもね、普通、未来ってのは、絶対にそうなるとは限らないんだよ。占いだの未来予知だのいっても、いくつかある未来の中の、可能性の高いものを言い当ててるだけでね。だから、はずれることがあるのさ。それを、絶対起こるように変えちまうってのが、あの術のすごいところで、誰にも真似できないところなんだよ。あたしからみると、アスカルのあの力は、天才なんて超えて、神に近いね」
アスカルのすごさはわかったけれど、イーアにはまだ理解できないことがあった。
「でも、オッペンは軍に入りたがってて、軍は占術士をほしがってるのに。なのに、オッペンはもともと軍に入らない未来だったんですか?」
シャヒーン先生はうなずいた。
「そうさ。だから、あたしもあの<宣告>をだすのはむりだろうって思ってたんだよ。実はあたしゃ、今、誰よりもおどろいているのさ」
シャヒーン先生はそう言ってから、ちょっと考えこむようすで言った。
「きっと、あの子の身になにか起こるんだろうね。それが良いことなのか悪いことなのかは、あたしなんかにゃ、わからないけどね」




