2-2 冬休みの話1
話はイーアがバララセに旅立つ何ヵ月も前に戻る。
イーアは、グランドールの地下の大鍾乳洞で『支配者の石板』の欠片を奪った後、そして、オレンとの決闘が終わった後、すぐにウェルグァンダルに向かった。
そのままイーアは冬休みの間ずっとウェルグァンダルの塔に滞在していた。
ちょうどゲオの補習の予定があったし、なにより、<白光>が狙う秘宝、石板の欠片を手にした今、イーアがグランドールに戻るのは危険だったからだ。
ウェルグァンダルの自分の部屋で、イーアはヤゴンリルを呼んだ。グランドールの地下の様子を聞くために。
ウェルグァンダルについてから、イーアはすでに一度ヤゴンリルを呼んでいた。その時は、マーカスのことを聞くために呼んだ。マーカスの遺体は大鍾乳洞の崩落にまきこまれて、地下深くに落ちてしまったらしい。せめて遺体を家族のもとに帰してあげたかったけれど、難しそうだった。
小さな部屋に巨大なヤモリみたいな霊獣ヤゴンリルがあらわれた。
黒と紫のごつごつした皮膚の巨大なトカゲみたいな生き物が狭い部屋の壁いっぱいに張りついている。
ヤゴンリルは見た目が凶悪な魔獣みたいなせいもあって不気味な光景だけど、イーアは気にせずたずねた。
『ヤゴンリル。今、グランドールの地下はどうなってる?』
ヤゴンリルは細長い舌を出し入れしながら答えた。
『祭壇のある鍾乳洞は崩落がひどかったが、すでに落ち着いた。あれ以来、特に変化はない。もちろん、モルドー様の不在は、我々にとって大きいが……。モルドー様のお世継ぎは無事か?』
『ガリに預けたよ』
『ギアラドを継ぐ者』と岩竜モルドーが言っていたのは、ガリのことで間違いなさそうだ。
ガリは昔グランドールの生徒だった頃、地下でモルドーに会っていたらしい。
イーアが岩竜モルドーから頼まれたことを話すと、ガリは『俺にギアラドの血が流れているのはたしかだが、血は水のようなもの。無意味だ』とすげなかった。だけど、岩竜のたまごの面倒はみると言って、預かってくれた。
ヤゴンリルは言った。
『そうか。……そういえば、変わったことといえば、ひとつ。祭壇付近に紫色の、そこに浮いているのと同じ、小さい妖精がいる』
ヤゴンリルが先っぽがふくらんだ指でさしているのは、イーアの近くに浮いている青いチルランだ。
イーアはふよふよと浮いているチルランを手にのせてヤゴンリルにみせた。
『チルランのこと? チルランが祭壇のところにいるの?』
『ああ。精霊語を話さぬから事情がわからぬが、以前はこんな妖精はひとりもいなかった。あの事件の後、突然あらわれたのだ』
イーアは、青いチルランをガネンの森の洞窟の、祭壇の傍で見つけた時のことを思い出した。
あの洞窟には、昔からガネンの森にいるオレンジ色のチルランはたくさんいたけれど、青いチルランは、このチルランひとりだけだった。
たまたま青いチルランが生まれただけ、と思っていたけれど。
『チルランがいないはずの場所に紫色のチルラン……? 何か理由があるのかも。ヤゴンリル。お願い、その子のことを守って』
『造作もない。大鍾乳洞に住むものたちに見守るように言おう。それはそうと、ひとつ、モルドー様に申しつけられていたことがあるのだが』
『なに?』
『もしも祭壇の秘宝を奪いに来た者の手によってモルドー様に万一のことがあった場合、地底湖のほとりの封印扉の先にある棺を開けるようにと。我らは代々そうおおせつかっている。我が代でこの申し付けを実行することになるとは……』
ヤゴンリルは気落ちした様子でそう言った。
『そこには何があったの?』
『まだ開けていないのだ。そこにあるのは、あの石板に関係することだろう。ガネンの子よ。石板の守護者として、棺の開封に立ち会うか?』
『うん』
そこに何があるのかわからないけれど、とても気になる。
だけど、グランドールの地下に行くためには、当然、グランドールに戻らないといけない。
イーアはまずはグランドールに戻ってもだいじょうぶそうか、ガリに話を聞くことにした。




