1 プロローグ ~6年前~
かつてアグラシアの地に、「救世の英雄」とも「滅亡をもたらすダークエルフ」とも呼ばれた召喚士がいた。
これはその偉大な召喚士の物語。……だが、まずはその物語が始まる6年前のこと。
林の中、木々に囲まれたくぼ地に草原が広がっている。
その草原を、黒くかがやく瞳をもつ茶色い肌の幼い少女、イーアがいきいきと走っていた。
『ティト、ティトー! あそぼうよー!』
少女の声に呼応するように、草むらの中に黄金色の毛並みの大きな獣があらわれた。
『ティト!』
小さなイーアは自分の何倍もの大きさの獣に飛びつき、やわらかい毛の中に顔をうずめた。
『大声でおれを呼んじゃだめだ』
狂暴そうな顔つきだけど優しい目をしたティトは、困ったようにそう言った。
イーアはティトに抱きついたまま、たずねた。
『どうして、ティトはすぐいなくなっちゃうの? みんなといっしょにあそぼうよ』
大きな獣は草原に腹ばいになったまま、周囲を警戒するように見渡した。
『おれは誰かに見られるわけにはいかないんだ』
イーアはティトを枕にコロコロ左右に転がりながら笑顔でたずねた。
『なんでー?』
『危ないからだ』
イーアはよじ登るようにティトの太い首に抱きつき、ティトの大きな目をのぞきこんだ。
『あぶないの? ティト、だいじょうぶ?』
『おれはだいじょうぶだ。危険な目にあうのは、イーアだ。いいか、気をつけるんだ。魔導士たちに』
『まどーし?』
『魔術を使う人間たちだ。あいつらに気をつけろ』
その時、木々の向こうからイーアを呼ぶ幼い声が聞こえた。
「イーアー! イーアー!」
「あ、ユウリだ」
イーアはそう言ってとび起きた。
イーアは幼い少年の姿を探して木々の向こうに目をこらした。
その時には、イーアのかたわらにいたはずの黄金色の獣の姿はもう消えていた。
茂みをかき分け、白いほおを上気させた幼い少年が草っ原にやってきた。
この柔らかい金色の髪の毛と青い瞳のかわいらしい子どもは、イーアと同じ孤児院にいるユウリだ。
「イーア! ナミンせんせいがよんでるよ。おうちにかえろう」
「うん。おやつのじかんだね」
イーアがそう言うと、息を切らしながら幼い少年は言った。
「おやつのじかんじゃないよ。おやつはさっきたべたでしょ? ナミンせんせいは、ぼくらにおはなしがあるんだって」
「おはなし? イーアはねー。あひるさんのおはなしがすきー」
イーアが無邪気にそう言うと、幼い少年は頭をぶんぶんと振った。
「ちがうよ。がっこうのおはなしだよ。ぼくらは、がっこうにいくんだって」
「がっこう?」
幼い少年はイーアの手をとって引っぱった。
「ほら、はやくかえろう」
「うん。がっこうのおはなしをきこう!」
幼いふたりは手をつないで、草原をかけて行った。
その数週間後。
イーアは帝国の西のはずれにある田舎町オームの初等魔学校に入学した。
帝国の文明のいしずえである魔術の基本を学ぶために。
そして、それからさらに6年後。
イーアが黄金色の霊獣ティトの警告をすっかり忘れた頃。
イーアは帝都郊外にあるグランドール魔術学校を受験した。
帝国のエリートである魔導士となるために。
それが、すべての始まりだった。