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 いける。吉良のすぐ背後についたとき、隼人はそう思っていた。ダイビングをおこなうのは数年ぶりだったが、感覚は鈍っていない。


 隼人は吉良を抜いた。そして、ホログラムのすれすれを通過したときだった。障害物のすぐ後ろにもう一つのストーンが隠れていた。問題ない。これくらいなら、ギリギリでいとも簡単にかわせる。フライヤーの先端を外側に向け、進路変更をしようとしたときだった。岩が近づくにつれ、過去の事故、ダイビング中に岩と接触事故をしたことがフラッシュバックした。隼人はそれを頭の中から強引に振り出そうとするが、頭から離れない。濡れたシャツのようにベッタリと、その記憶はくっついている。重い。隼人はバランスを崩し、落下してしまったのだった。


 飛べない。暗い重力に引っ張られているようだ。光も希望もすべて重力が吸い寄せてしまう。

 だめなんだ。やはりお前は、フライヤーに乗るべきではない。そう、言われた気がした。                                   

 吉良に助けられ、校舎の屋上に降ろされると、隼人は我に返った。


「す、すまん」

「いいよ。別に」


 吉良は息を切らしながらフライヤーから降りた。その表情はどこか悔しそうにも見えるし、怒っているようにも見える。そして、そのまま屋上の出口の方へ向かって歩いた。


「吉良さん! 明日も来てくれますか?」 


 サムが吉良の背中に投げかける。


「行かないよ」


 そう言い残し、吉良は屋上を後にした。


「ちッなんだよ偉そうに。歩いて帰るより、フライヤーに乗って降りた方が早いのに」

「かなちって本当に最低なこと言うんだね」とアレッタ。

「遅くても歩きたくなることがあるんだよ」


 葵はアレッタからフライヤーを受け取った。


「それにしても、隼人くん! あなたの速さには感動しましたよ。運悪くバランスを崩してしまいましたが!」

「本当だよ! 新人くんには驚いちゃった!」

「やはり、隼人くんは我々の救世主です」

「おお! 救世主! かっこいいね!」


 光を見出し、喜んでいるサムとアレッタ。一方で、隼人は座り込みじっと遠くを眺めている。 


「俺がバランスを崩したのは、運なんかじゃないよ。スピードを上げると、毎回あれが起きるんだ。俺は上手くフライヤーに乗れないんだ。だからスカイング部にも入れない」


 今回も同じだった。どんなに練習をしても、必ず重要な場面でバランスを崩してしまう。何度練習してもダメだったのだ。きっと未来永劫、例えプール一杯分の血反吐をはくほど練習したとしても、フライヤーに乗れるようになる日はこないだろう。


 隼人は膝をがくつかせながらも、緩慢に立ち上がり、屋上を立ち去ろうとした。

 何度も同じことをしている。今回は乗れるかな、大丈夫かなと期待して、事故を起こす寸前までいってしまう。そして自信を損失して、柚月に励まされ、失敗を繰り返してきた。


 柚月がいないだけで、やっていることは同じじゃないか。


「とりあえず、今日はありがとう。やっぱり俺にフライヤーは向いていないみたいだ」


 サムが目の前を塞いだ。


「いいえ、隼人くんはフライヤーに乗れていました。隼人くんは本当に素晴らしいスカイヤーになります。また明日、練習に来てくださいッ!」


 サムは目を輝かせて隼人に迫る。


「いや、約束は一回練習に参加するだけだったよね?」

「はい、だから明日また練習に参加して欲しいとお願いしているんです?」

「休み時間、俺にまとわりつかないって約束は?」

「ちゃんと守りますよ」

「何か変なこと企んでる?」

「まさか? 私はちゃんと約束は、守りますよ。でも、あなたが必要なんです」


 サムは真剣な面持ちだった。


「あああああああああ‼」


 上空から、男の悲鳴が聞こえてきた。

 隼人とサムは驚き、同時に空を見上げた。

 アレッタと奏多がフライヤーで二人乗りをしていたのだ。奏多は座れておらず、フライヤーにぶら下がっている。どこからどう見ても、危機的状況だった。


「ほら、だからちゃんと掴まってって言ったのに!」


 アレッタは奏多を気にする様子もなく、すいすいと、校舎の周りをグルグル回っている。


「お、落ちるううう!」と泣き叫ぶ奏多。

「あらら、泣いちゃったら可愛い顔が出しなしですよ!」

「うるせえ!」


 ぶらぶらと振り回されている奏多を見上げながら、隼人は「助けなくていいの?」と心配そうに尋ねた。するとサムは「まあ、これくらいなら大丈夫ですよ」と飄々に答えた。

『これくらい』ということは、もっととんでもないことが行われているということだろうか。もし、蘇我東高校の校内で二人乗りをしたらその時点で停学か退学をさせられるだろう。

 ドンッ! と扉が蹴り開けられた。


「お前らあああ! なにしてるううう!」


 振り返ると、そこには鬼の形相をした鬼瓦権三郎先生がいた。






「はあ、なんでまたこんな目に……」


 鬼瓦権三郎先生の指導がようやく終わり、帰路につくと、夕日はすっかり西の空の向こうへ行ってしまった後だった。


 隼人もしっかりと、権三郎先生に絞られ、反省文を明日までに提出することになった。

 サムと関わると、毎回酷い目に遭っているような、そうでないような。 


 指導が終わってすぐ、隼人はサムたちを巻いてから帰ることにした。一緒にいると、また何か変な問題に巻き込まれてしまうからだ。


 靴を履いて昇降口を出ると、辺りを見回した。誰もいない。声もしなければ、気配もない。

 大丈夫だ。


「鴨居くん」


 待ち伏せだ!

 声をかけられ、すぐさま逃げる態勢をとった。しかし、隼人を待っていたのは葵だった。


 二人は途中まで一緒に帰えることになった。しばらく、会話は生まれなかった。隼人はわざと視線を合わせないように遠くの景色を見つめながら、気まずいなどうしよう。と悩んだ。確か途中まで帰路が同じだったはずだ。それまでずっとこの思い雰囲気が続くのだろうか。


 葵は無言でいるが、何か話があるから、呼び止めたのではないのだろうか。

 自分から何か話題を振るか、葵が口を開くのを待つのか、なぜ呼び止めたのか尋ねるか。どれが一番理想的な選択だろうか。攻め、ステイ、守り、まるで駆け引きでもしているような気分だった。


 いっそ、攻めてみた方が良いのだろうか。と言っても、葵との共通点らしい共通点が見当たらない。柚月が一緒にいたからこそ、あまり気にしていなかったが、葵はずっと大人しく、表情もあまり変えないため、普段から何を考えているのか、さっぱりわからない。


 柚月の話題、転校の話題はできれば避けなければならない急所、弁慶の泣き所、頂門の一針いや、寝ている間にみぞおちパンチくらいの痛みだろう。


「ねえ」


 口を開いたのは葵だった。


「どうして急に転校してきたの?」


 いきなり、急所を叩かれた! 


「いや……その……」

「好きな人でもできたの?」


 隼人は腹を抑えた。み、みぞに風穴を開けられた!


「えっと……」

「どうしてフライヤーを捨てちゃったの?」


 腹の傷口に大量の塩をぶち込まれた! 

 ノックアウト! 勝負は隼人の完敗。どうすることもできず、隼人は呆然と暗い夜空に染まる建物の影を眺めた。


 突然、葵が立ち止まった。


「話したくないなら、別にいいよ。でもね、柚月は悲しんでたよ」


 隼人は葵から紙を受け取った。紙にはコードが印字されている。瞬時にスマートコンタクトがコードを読み取ると、スカイングの電子観戦チケットであることがわかった。 


 葵はそのまま方向転換して十字路を曲がった。隼人は何も言うことはおろか、リアクションをすることもできなかった。


 葵の背中が見えなくなり、隼人は自分が田舎道を歩いていることに気がついた。街灯は近くにはない。葵が曲がった道の突き当りに一つ、今にも電球が消えかけ、点滅しているものがある。その下を黒猫が歩いている。周囲はとても静かで、風が吹くと木々の葉がこすれ合う音が聞こえる。

 しばらく隼人は紙を手にその場で立ち尽くした。


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