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笑顔で見送れない

 ある青年の、ある一日です。いつもと変わらないはずの一日が、ある人を見つけて考えが変わります。だけれど、終わるのはいつもと変わらない一日なのです。

 思い描く大人になれる人間なんて一握りだ。

 そう言い聞かせて齢二六になった。私はその一握りにはなれなかったのだ、とどこか諦念と、それから例えようのない恐ろしさが私の周りでとぐろを巻いてガラガラと尻尾を鳴らす。

 この一年間、何をしてきただろうか。大学時代、共に夢を見ていた友人から届く連絡にはもう若さというものが感じられなくなってきている。和哉(かずや)はそろそろ大学時代から付き合っていた彼女と身を固めるそうだ。拓郎(たくろう)は最近上司の愚痴でしか連絡をよこさなくなった。かくいう俺も、最近はこの二人をないがしろにしていた。

 がちゃんと鍵を閉めてチェーンをかける。買ってきた酒だとか冷凍食品だとかを冷蔵庫にしまって、ベランダへ出る。

 紙の煙草に火を付けてすぅっと吸い込み、ぷはぁ……っと白い煙を吐き出す。

 そういえば、(しゅん)はどうしているんだろうか。大学を三年で中退してから煙を巻くようにして姿を消した俊だ。一応連絡先は交換しているけれども、音は一度として鳴ったことがない。

 俺たちが大学の頃に酒の勢いで組んだバンドの中でも、アイツは秀でてドラムが上手かった。俊がいなければ大学での生活も楽しいものにはならなかっただろう。如何せん、俺たちは高校の頃に少し触った程度だ。ボーカルの和哉に至ってはカラオケで高得点だからというだけで選んだ。

 彼もどこかでせかせか働いているのだろうか。一八の大学に入りたての時にアイツに教えてもらった銘柄のタバコを吸うと毎回思い出す。ガタイがいいせいでサークルに引っ張りだこだったアイツが全部断って俺のふざけた夢に乗った時の嬉しそうな顔が、一際少年に見えたんだ。

 それから高校が一緒っていうだけでつるんでいた二人を強引に誘ったんだったか。あの時は良い意味で忙しなかった。大学も比較的偏差値の高いところだったから授業内容の予習復習は当たり前だったし、バイトもしないといけなかったから、四人が集まるのなんてひと月に一回程度だった。その時に皆して出し合った歌詞だとかメロディだとかを、音楽教室の一角を借りて語り合う。

「買っちったよ」

 笑いながらギターを見せてくる拓郎の顔も、当時は本当に少年のようだった。今や声を上げて笑うこともそうしなくなった。

「俺いい歌詞思いついた!」

 深夜の三時に和哉から急に電話が鳴ることもあった。そうして眠い目こすって聞くと、目が冴えるほど良い歌詞を持ってきたものだ。今もたまにそれぐらいの時間に電話が来るけれど、大体は居酒屋の帰りの運賃を浮かせるためのタクシーとしてだ。

「お前ら最高かよ!」

 一点の曇りもない、世の善悪さえ付いていなさそうな笑顔で笑う俊の顔ばかりは、今もあの時のままだった。それもそうか。

 煙草を一本吸い終わると灰皿に押し付け部屋に戻る。

「えぇっと……から揚げから揚げ」

 昨日作り置きしておいたから揚げをタッパーごと取り出し、少し開けてレンジへ入れる。その間に週末の一杯をカシュッ。

 一口付けてから揚げが温まるのを待つ。

『では、また来週~』

 キャスターが引いていくカメラに向けて手を振る。

 チーン―――

 タッパーのままリビングの座卓に置く。すでに白米とコンビニのサラダは準備済みだ。

「あ、今日出るんだ」

 音楽番組の最初を見てふと言葉がこぼれる。音楽は弾かなくなった今でも好きだから毎週見てしまう。

 それからしばらく、音楽を流しながらちまちまと酒と飯とを交互に食べていると途端、俺の箸が止まった。

「ん?」

 目まぐるしく動くカメラの奥、流行の歌手の後ろに、煌々と光る装飾に照らされたその顔に見覚えがあったからだ。

「俊か?」

 一瞬だったから確証はない。だけれど、ガタイの良さと言い、顔の作りと言い、どうも他人の空似だとは思えなかった。

 パァンッ、と紙吹雪の中で拳を突き上げる歌手には目もくれず、俺はそのドラマーを凝視していた。だがやはり顔は影がかかって見えない。

 しかし、俺は心のどこかで嗚呼、俊だな、と感じた。

 二一の頃以来、五年ぶりに見た友人の雄姿に押されて、俺は力なく寝転がった。天井が眼前に広がる。

 嗚呼、アイツは夢を諦めなかったんだな。一握りの人間になれたんだな。

 ジーンと目頭が熱くなる。それとは逆に、頭は嫌なことばかり考えだす。本当に思い描く人間なんだろうか。ああやって、顔も分からずにいることが、アイツの望んだ姿なんだろうか。

 首をもたげて画面を見る。奥に見える俊は深々と頭を下げていた。

「なんだ。変わらねぇじゃねぇか」

 ハッ、と空振りの嘲笑がテレビの声にかき消される。

 そう思わないとやっていけないんだ。どいつもこいつも、結局は顔も覚えられやしない、ある世界の人間の中の一人であって、特別とかそんなものじゃないんだな。

 再び熱くなった目頭は、自分への怒りなんだろうか。いよいよ分からなくなってきた。


 思い描く大人になれる人間なんて一握りだ。っていうのは訂正する。

 そんな大人、一人だっていないんだ。全員、どこかで妥協して、どこかで諦めて生きているんだ。

 そう思わないと、やっていけない自分に、ほとほと嫌気が差すよ。本当に

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 私は大学に行ったことがないので、きっとこうなんだろうなぁ、こういう人が、友達がいたらきっと楽しかっただろうなぁ、と思い描きながら書いていました。

 私も夢を思い描いて、そしてそれになろうと必死に努力している身です。小説家になってやるぞ!という夢を掲げて、この玉石混合のネットにポンと落としているわけです。きっとどこかで妥協しなければならないことが起きるのでしょう。きっとどこかで諦めなければいけないこともあるのでしょう。

 ただ、それでもひた走りたいのです。妥協したとしても、何かを諦めたとしても、それでも地べたを這いずりながら一ミリでも前へと走るのです。

 そうでもしないと、嫌になってしまいますから。

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