幕間・懐のお守り
一週間。ずうっと続いている便箋での労い。
くすりと笑い、男は御膳に乗せられた紙を再び畳んで大事に仕舞い込む。
その笑顔は、まるで主人からもらった宝物を、土の中に埋めて大事に仕舞い込む犬のような無邪気なものだった。
「出るか」
それから、彼は礼服のまま立ち上がると、少しばかり長い袖が山のように積み重なった短冊型の和紙に当たってバサバサと床に撒き散らしてしまった。
「しまった」
短冊型の和紙……難解な文字が書かれた魔法の札は、山脈内の決まった各所に貼り付け、結界を作るためのものである。
結界の効力は、山脈から人間への害意を持つ者を出さないためのもの。そして、もう一つ。人の心理に「近寄り難い」と思わせるためのもの。
そして、悪しき心を持つ者も立ち入ることができないようになっている。
レングラント山脈内はあまりにも危険なため、国から禁足地として認定されているが、それでも侵入しようとする人間は後をたたない。
少し腕に覚えがある冒険者や、強い魔物の素材や珍しい素材を求める者。神が治め、秘境と化している大自然に手を伸ばそうとする人間は多い。
人間の無駄な犠牲者が出ないよう、彼は大狼の姿で毎日山脈内を見回り、札の張り替えを行なっている。そして魔窟から湧き出た魔物を間引きして過ごしている。それが彼の仕事だった。
結界を張っていれば悪しき心の持ち主は入って来れない。しかしときには結界さえも打ち破り、無理矢理押し入って来るものもいる。それらは結界が攻撃を受けた時点で察知して、クチナシ本人が速やかに移動、最終的に『処分』することができるようにしている。
そんな過程で狩った魔物の素材を剥ぎ取り、街へ転送してはその値段に見合った分の食糧を受け取るのが以前から続く彼の日課であった。
今は少し――違うが。
「寒い」
ちょうど、カナリアが来た日が冬季に入る頃合いでだった。日に日に冷え込みが強くなっているのは仕方のないことである。
男は手早く札を回収すると、それを全てマントの内側へと仕舞い込み、外に出ようと手をかける。
しかし、男は一度立ち止まり振り返った。
その視線の先には、ここ一週間ほど贈られてきた小さな紙片が、大事に仕舞われている小箱がある。
「……」
彼は無言で一度引き返すと小箱を手に取り、一緒にマントの内側へと仕舞い込む。
「行ってくる」
彼が部屋を去った後に残されたのは――「こちらこそ」と途中まで書かれた一枚の便箋だけであった。
これが、カナリアが掃除をしに来る前の顛末である。