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幕間・便箋のメッセージ

 太陽が屋敷の真上に来る頃、すり足と僅かな衣擦れの音を感知した男の耳がピクリと動く。艶やかな白銀の毛並みをした人狼(けもの)の耳は、より音を(とら)えようと集中してフードの下でピクリ、ピクリと動いている。


 筆を()っていた男は、そうして目の前の紙に集中しきれなくなったのか居住まいを正して背後の気配に振り向いた。


 丁度障子の向こう側で女の影が廊下に正座をし、御膳を届けにきたことを告げる。


「……」


 しかし、男は無言のまま障子を開き、己の昼飯である御膳を受け取り、そのまま引っ込んでしまう。


 女はその様子を頭を下げたまま見送り、男が障子を閉めると、女の影は速やかに去っていった。


 その様子を背後に感じ取り、男は尾を一回ぱたりと動かす。その勇ましくも美しい銀の耳は同じ色の髪にくっつけるように伏せられ、どことなくしょんぼりとした様子を見せる。


 それから。被っているマントのフードを、より深く被り直した彼は大きく息をついた。男は視界に入っている己の髪をひとつまみ持ち上げ、ますます息をつく。


 男の脳裏には、かつてここにやってきて、そして去った女達の陰口ばかりが響いていた。



 ――まるで(ほこり)のような薄汚い灰色の髪だわ。ああ、早くあの人の元へ帰りたい。


 ――あんなところに獣の耳が生えているだなんて、気持ち悪い。視界に入れたくもならないわね。


 ――血のような真っ赤な瞳。怖いわ、あんなの化け物よ。ひと息に食べられてしまいそう。



「……」


 女達が隠すように評していた容姿を、彼はそのまま信じていた。故に、男は己に自信をなくし、「怖がらせてしまうから」「見るに耐えないだろうから」と己の顔を隠しているのである。


「……」


 しかし、男は思い出す。

 はじめてカナリアを連れて山脈を駆け抜け、そして気絶した彼女を布団に寝かせた後のことを。


 ――このかたが……人狼様。


 ―― きれいなひと……。


 もしかしたら。

 そんな期待が彼の胸中に湧いてくる。


 しかし、彼はハッとして首を振ると、もう一度フードをつまみ、深く被り直してしまった。やはり、彼は己に自信がないようだ。


 そして、男は無言のまま、なにも考えないようにして御膳に置いてある椀を手に取った。


「……これは」


 男がはたと呟く。

 御膳の邪魔にならない場所に、小さく折り畳んだ紙が置いてあったからだ。


 男はそれに手を伸ばし、そっと丁寧な手つきで紙を広げると、息を呑んだ。


 仕事後で墨に汚れた手のまま昼食に手をつけるという、女からしたら「あり得ない」ことをする男は、そのままふと薄く微笑み紙を己の頬に寄せる。


 紙には、たったの二行の文字。


「お仕事、お疲れ様です」

「人狼様、いつも国を守ってくださりありがとうございます」


 ……と、書かれていて。


「俺は、クチナシだ。だが、あんたは、かたくなにクチナシと……呼んでくれないな」


 男はほんの少しだけ寂しそうに呟き。


「……だが、嬉しいな」


 便箋の上にある文字を、指でなぞった。

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