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帰る場所は、もうどこにもない

 噂によれば、守り神の人狼様はとても無愛想で冷たい人なんだとか、暗くて人を平気で無視するだとか、人がお嫌いなのだとか。


 あるいは、昔は人を喰う悪い神様だったとか……それで勇者様に懲らしめられた後、殺さない代わりに国の害になる魔窟を封じ込め、守り続けるよう言いつけられているのだとか……いろいろと悪い噂には事欠かない。


 神様扱いよりも、腫れ物扱いに近いのかもしれない。


 私は、自身の住まう領から馬車でただ一人、国の忌み地となっているレングラント山脈へと向かった。表向きは国の守り神様が住む神域。その実態は、魔物が湧き出る魔窟のある国最大の忌み地だ。


 小さな魔窟ならば、ダンジョンと称して資金を稼ぎたい冒険者に魔物の駆除をしてもらえばいい。けれど、レングラント山脈の魔窟は大きく、地獄にまで繋がっていると言われるほどの場所である。


 そんな忌み地をたったお一人で守っていらっしゃるのが、人狼様。そこへ嫁ぐということは、人狼様の付き添いがなければ山を降りることもできず、贅沢もできない暮らしになるということ。


 人狼様がいくら暗く、冷たく、ひどい人だったとしても、なかなか逃げ出すことはできない……とか。


 まあ、全部逃げ出してきた女達がこぞって口にする言葉なので、八割くらいは嘘だろう。そんな場所で長々と暮らすのは、生粋の令嬢には耐えられないはずだ。名誉ある嫁入りとして国から多額の結納金とお祝いが届くため、皆お金目当てで渋々と嫁入りをして、逃げ出してきた……というのが精々の顛末だろうなと思う。


 本人でなくて国から、それもプロポーズもされていないのに結納金だなんておかしな話だけれども。そういうものなのだ。

 もちろん、一度離縁ということになれば、もう二度とその家からは嫁入りすることができなくなる。だからこそ、人狼様の元には毎年一人ずつ娘が嫁ぎ、そして一年で帰ってくる。


 ある意味、そうして輿入れされる娘達にとっては、一年限りの契約結婚のようなものかもしれない。通常ならその手の結婚を強要されるのは長子ではなく、三女や四女などの娘達。


 だけれど、私の場合は嫁入りの理由(わけ)が違う。

 私は親に愛されるために生まれたわけではなかった。親にとって、一番可愛いのは妹のルリエラ。愛嬌もあって、胸も大きくて、スタイルも良くて、なにより魔法の才能だってある。


 私は妹に比べられて育ち、妹にできないことをできるようになろうと炊事に洗濯……とお母様の手伝いを積極的に申し出た。結果、私の努力は『便利な労働力が手に入った』と喜ばれるだけで終わった。


「私には、もう帰る場所がありませんから……」


 ルリエラのあの言いぐさ。そして半強制的な嫁入りに、最低限の荷物と、相手に失礼がないようドレスとギリギリ言える程度の服。


 こんなの、もう二度と帰ってくるなと宣告されているようなものだ。


 恐らく両親も、妹も、金のためだけに神様の元へ私を嫁がせようとしている。そして、たとえ私が逃げ出したくなっても迎えは決して来ない。ましてや、山脈を一人でおりることなど、絶対にできはしない。


 よくて途中で野垂れ死ぬか、悪くて魔物の餌になるか……つまりはまあ。


 ――ほとんど、生贄に差し出されたようなものだ。


 差し詰め、私は生贄令嬢だろうか……? まったく、笑えない。本当に……笑えないわ。


 長い旅の末に馬車が、止まった。

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