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【本編完結】便箋一枚分の距離〜妹に婚約者を奪われた私が、神様への嫁入りという名の生贄にされた結果、幸せになる話〜  作者: 時雨オオカミ
寡黙な神様と生贄令嬢

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13/30

念願のお返事

 毎日、毎日。御膳の上に乗せる文章を考えるのが今の楽しみとなっていた。


 そして、廊下に出された食器類を回収しに行っては少しばかり落ち込むのがルーティンである。


 クチナシ様がお優しいことは知っている。

 彼は噂のように、恐ろしい人ではなかった。確かに、滅多なことで返事もしないし、会話もしない。反応も薄いし、接触する時間も、そもそもお顔を合わせる時間だって、一日にほとんどない。


 けれど、私は知っている。彼はただ無口で、口下手で、人見知りで……そして、ほんの少し臆病な人なのだ。


 会う時間が短いからといって、ひと月も同じお屋敷で過ごせば見えてくるものもある。彼は恐らく、自分が人を傷つけてしまうのではないかということを極度に恐れている。


 あの、フードを深く被ろうとつまんで引き下げる癖は、懸命に自分の姿を縮こめて誰の視界にも入りたくないと。消えてしまいたいと思っていた頃の私と似ている。


 私も、妹に何度もくすんだ金髪をなじられ、姉妹だと思われたくないときつく言いつけられて近寄らないようにしていた。元婚約者のアイジス様にも、「君も少しは髪の手入れをしたらどうだい」と言われ続けていた。


 アイジス様のお母様も、そして私のお母様も、どちらも美しい金髪だから余計に彼や妹にはそう思えたのかもしれない。


 しかし、私の髪は生まれつきのものだ。少し色素が薄くて、今にも色が抜けてしまいそうな金。魔法力が豊かである象徴の、鮮やかな金ではない。


 私ができるのは精々が身の回りのお世話をするくらい。

 私は、どう考えても神様と言われているクチナシ様には見合わない存在だ。


 彼が優しいことは知っている。知っているのだ。彼が私を見捨てることは恐らくないということも分かっている。分かったうえで、私はここに置いてもらっている。彼にどう思われているのかとびくびく怯えているのに、彼の優しさにつけ込んでここにいる。


 まるで、神様の慈悲を利用して私欲を尽くしているようなものではないか。そんな風に考える自分が心の内をチクチクと突き刺してくる。


 便箋によるメッセージだって、所詮は自分の自己満足なのだ……と、少しでも仕事の手が止まると悪いほう、悪いほうに考えが寄って行ってしまう。悪い癖だ。


 クチナシ様の好意も、お返事を書こうとしてくださっている片鱗も、この目でしっかりと見たというのに根本的な部分では信じられないのである。


「明日の朝はなにを書きましょうか……」


 そうして、お屋敷にやって来てからひと月。

 その日も夕食の御膳を片付けに廊下を静かに歩いていた。


 普段着はすっかりとドレスからトヨアシハラのキモノというものになり、少しだけ歩きづらさを感じながらも大きな袖が可愛らしくて気に入っている。


 クチナシ様が、選んでくださったものだ。これを着ている私を見ると、彼は満足そうな顔をするので余計にこの格好でいたくなるというものである。


 廊下には食事の終わった御膳がポツンと出されていて、廊下は薄暗いが、障子の向こう側はぼんやりと薄い明かりがついていた。空中に浮かぶ光球の魔法が彼の手元を照らしていて、いまだ仕事に励んでいるのである。


 廊下にも魔道具を利用した明かりはあるが、必要最低限だ。やはり薄暗いのは変わらない。けれど、ほのかな光にはどこか可愛らしさを感じて好きだ。


 足元さえ気をつけていればお屋敷の中はどこでも安全なので、静かなこの景色を存分に堪能することができる。


 私はギラギラとした実家のお屋敷よりも、ここのほうが好きだと思っていた。


「洗い物をして、それから……あっ」


 カサリと、手に触れた紙の感触。

 小さく折り畳まれたそれは、私が使っている便箋とはまた別のものだった。


 それを見て込み上げてきたのは、どうしようもない喜び。

 やっと報われたという、想い。


「クチナシ様……」


 ほう、と息を吐き出して、ゆっくりとその場で便箋を広げる。

 その場でなんてはしたないと思っても、行動は止められなかった。



『ただいま。


 あんたの作る食事はいつも美味しい。最近は特にそうだ。トヨアシハラの料理が口に合うので、それを多めにしてもらいたい。野菜は嫌いではない。大丈夫だ。


 日差しが入るのは良いことだ。


 ふかふかになった布団と、俺の毛皮。今度、比べてみるか? (取り消し線が引かれている)


 今のは忘れてくれ。


 それから、俺の名は人狼様ではない。クチナシだ。


 こちらこそ、毎日すまない。

 カナリア、お仕事お疲れ様だ。ありがとう』



「クチナシ様……ありがとうございます」


 カタンと部屋の中で音がする。

 その場で開くと思っていなかったのか、動揺したように筆を取り落とす音であった。


 それから私は、彼の書いた『ただいま』の文字を指でなぞって頬に当てる。いつも自分で書いている『お帰りなさい』にこうして応えてくれるとは、思ってもみなかったのである。


 お返事がもらえるとしても、精々が一言、二言くらいだとばかり。

 けれど、予想は嬉しい方向に裏切られた。


「おかえりなさい」

「………………ただいま」


 お部屋の中に向かって小さな声で呟けば、あちらからも小さな声で返事が返ってくる。私はそれに嬉しく思いながら、御膳と一緒にいただいたお返事を持って移動するのだった。


 今日いただいた返事は、一生の宝物になるかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おかえりなさい [一言] 良き〜 着物の件ですが、家事をする際には邪魔になりますので、 どこかで袖のからげ方や裾のあしらいなどのレクチャーが欲しい感じです。
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