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【本編完結】便箋一枚分の距離〜妹に婚約者を奪われた私が、神様への嫁入りという名の生贄にされた結果、幸せになる話〜  作者: 時雨オオカミ
寡黙な神様と生贄令嬢

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小さくて、けれど大きな喜び

 お屋敷に来てから四週間目。本日は『食糧が届く』日である。

 人狼様から聞き出したことによると、彼は毎週の終わりに送信用の魔法陣で魔物からとれた素材を街まで送り、その報酬を現物の食糧と交換しているとのこと。そして、交換されたものは週のはじめに受信専用の魔法陣のほうへと届くのである。


 しかし、初めの三週間は大変だった。

 なにより送られてくるものが多いのである。それに、かなりの栄養が偏っていた。送られてくるもののほとんどが肉と魚ばかりだったからだ。


 人狼様に詰め寄ってなんとか注文をするためのメモ書きを見せてもらったけれど、そこにはやはり「肉・魚を一週間分」と大雑把なことしか書かれておらず、これには私も唖然としたものである。


 この注文票を私が書かせてもらい、具体的な食材を事細かく注文して迎えたのが、今回のお届け日だ。


 人狼様は肉と魚だけで生きていられるのかもしれないが、人間である私にはどう考えても栄養が足らない。基本貴族も肉ばかり食すものだが、そのあたりは亡くなった祖母に教わり、きちんと守っている。


 私は妹と比べられるためにいたので、食事を抜かれるようなことはなかったが、食卓には妹の好むものばかり作って持ってくるように言われていたため、自身で余分に料理することのほうが多かった。


 スタスタとお屋敷内の廊下を歩み、奥の廊下の突き当たりにあるお部屋へ入る。


 自身の着ているドレスは、はじめて訪れた際よりも、もっと簡素になり、動きやすさを重視したものになっている。妻というよりも、小間使いとして働いているというほうがまだ正しいようなものなので、汚れても洗いやすいものを自然と身につけるようになっていた。


 私の姿を見るのは人狼様だけだし、その人狼様もときおりラフな格好をしていることがあって、それを見て少し胸がときめいたり、目の保養にしていたりなどする。素敵なかたはどんなものを着ていても似合うのだ。


 さて、受信専用の魔法陣にはどれだけたくさんの食材が並んでいることだろうか? 小麦やそれを挽いた粉。そして人狼様が恐らく好んでいるだろうトヨアシハラ名産のオコメとやらも取り寄せてもらうよう注文したので、料理をする私としても楽しみにしていた。


 この山脈でとれる魔物の素材は高価なもの揃いで、食糧で消費されなかった分の代金は受信用の魔法陣におつりとしてそのまま転送されてくる。


 そのため、食糧庫の隣には資金庫もあるのだが……余りに余っている現状である。そのうち入りきらなくなりそうな気がしたので、頭の中で手早く計算して遠くから珍しい調理本なんかも取り寄せるように書いておいた。


 これで人狼様に提供するお食事が単調なものではなくなり、もっと凝ったものを作ることができるようになるだろう。彼の好むものも探り当てやすくなるかもしれない。


 彼が控えめな性格をしていて、恥ずかしがり屋さんなことはもう把握している。口下手だし、目もほとんど合わせられないし、なかなか行動に移れない人だってことも。


 気長にお返事を待つつもりはあったけれど、それはそれ。これはこれ。少しでも「美味しい」と言ってほしいのが、料理を提供する者の願いだと思う。


 だから、無意識にでも「美味しい」って言われるような料理を作る! 

 彼の胃袋をガッチリと掴んで見せる! そう、決めたのだ。


 ここには、私の頑張りを否定したり、比べる人はもういないんだから。

 頑張っても咎められない日々は、ささやかな幸せを生む。


 より大きな幸せを求めても許されると思うの。


「本日もやりますか!」


 腕を捲ってさあ今日も頑張るぞ! ……と、思っていたら。


「……あら?」


 受信専用の部屋には、食糧とは分けられて様々な服……のようなものがたくさん並んでいた。私は食糧しか頼んでいないのに、なぜ? そんな風に思っていると、背後でガラリと引き戸が開く。


「人狼様?」

「……あんた、服。あんまりないだろう」


 いつもと違い、人狼様は礼服にマントすがたではなく、目の前に並んでいる服のようなものを着ていた。袖がとても長くて、一枚の大きな布が服になっているような不思議な格好である。けれど、いつものカッチリした格好と違ってまた、これも彼の魅力を引き立てている。頭には相変わらず、髪を隠すように布が巻かれていたが。


 彼がこう言うってことはもしかして。


「あの、もしかしてなのですが。服を……買ってくださったのですか?」

「まだ買っていない。試着用」


 ……それってつまり、ここから自分の好きなものを選んで買っていいってことですよね。


「着方などはあるのですか?」

「………………あとで教える」


 ちょっとバツの悪そうな顔で答える人狼様。

 教えるほうについてはなにも考えていなかったのかもしれない。着付けを補助する使用人なんてここのお屋敷にはいないので、お互いにどうにかするしかない。これにはさすがの私も赤くなった頬を押さえた。


 着付けを教えてもらうのは、ちょっと恥ずかしいかもしれない。けれど、こうして服の替えのことを考えてくださったのはとてもありがたかった。


「あの、ありがとうございます。人狼様」

「……クチナシ」


 また、自分の名前を言っていらっしゃる。これはどういうことなのだろう? 


「あの、人狼様?」

「カナリア、俺の名は人狼ではない。クチナシだ」

「!」


 実は、彼の口から私の名前が出たのも初めてのことだった。


「そうですね。ありがとうございます、クチナシ様!」

「……どういたしまして。カナリア」


 クチナシ様は、とても満足そうに微笑んでいる。

 互いの名を呼ぶ。こんなことでも小さな幸せになるのだと、私はクチナシ様に教わったのでした。

次がざまぁパートとなります。

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