初日の朝 【月夜譚No.98】
気休め程度の呪いでも、やるのとやらないのとでは大違いだ。
靴は必ず右から履く。大事なことがある日の香水は、ラベンダー。探し物が見つからない時は口の中で呪文を唱える。
人によっては、そんなことをしても無駄だと言ったり、ただの迷信だと馬鹿にしたりするだろう。けれど、その些細な動作が自身に幸運を齎すのだ。
そう信じる少女は朝日の注ぐ玄関を出ると、うんと両手を伸ばして大きく深呼吸をした。
鞄の中には筆記用具も教科書も入っているし、問題ない。左手首の腕時計も一応確認するが、まあこれは教室に時計があるから然程心配ない。最後にパスケースの中の学生証を覗き見てから、開けっ放しだった玄関を振り返った。
「行ってきます!」
いつもより一際大きな声で宣言すると、戸を閉めてスカートを翻し、通学路へと向かう。
――街を見下ろす山の上。そこから少女を見ていた少年は、くすりと笑った。
『幸運を』
その声を聞いたのは、風にさざめく山の木々だけだった。