第十一話【おーん】
「あー、もう! 虫が入ってきたじゃないですか」
瑠璃は高速でパンチを繰り出していき、複数の虫たちを一瞬にして消滅させた。
「これでいいか?」
「はい、ありがとうございます。……って、なんで急がなかったんですか?」
「焦る月がかわいかったからわざとやった」
「本当にかわいいと思うなら、困らせるようなことをしないでください」
「すまん。以後気をつけよう」
「まあ、瑠璃さんは適当が集まってできたような人なので、今更なんですけどね」
「なんの話をしているのかはわからないが、俺ってそんなに上手く当てはまっているか?」
「そっちの意味じゃありません。いい加減だと言いたいんです」
月の言葉に「なるほど」とつぶやき、彼は周りを見る。
「……にしても、ずいぶんと雰囲気が変わったな」
灰色のブロックでできた直線の通路。
奥に扉が見える。
一定距離ごとに設置されている窓から真っ赤な光が差し込んできており、魔物はいないようだ。
「あの扉の向こうに中ボスの部屋があるような気がします」
「さすが月。俺と同じ意見だ」
「…………あの、瑠璃さん」
「おーん?」
「なんですか? そのおーんって」
「特に意味はない」
「そうですか。それはともかく、なんか熱くないです?」
「んー……。確かにちょっとポカポカするな。真っ赤な色からして、おそらく窓の外が原因だろう」
「ちょっと見てみますね……」
月は窓へと近づき、眉を顰めた。
「おーん」
「なんだ? そのおーんって」
「びっくりしすぎて思わず瑠璃さんの真似をしてしまいました。これ、見てください」
瑠璃は彼女の横へと移動した。
それから納得したように頷く。
「なるほど。これは確かにおーんとしか言えないな」
二人の視界の先には、マグマの海が広がっていた。
至るところで炎が爆発したように弾けたり、真っ赤な液体が噴水のようにわき上がっている。
「もし仮にの話ですよ? 瑠璃さんだったらあのなかで泳げますか?」
「ふむ、なかなか面白そうな提案だな。……よし、今から試してくる」
そう言って嬉しそうに微笑む瑠璃。
「すみませんでした、私が悪かったです! お願いしますからやめてください」
「えぇ……」
「本気で残念そうにしないでください」
「でも実際いけそうなビジョンは浮かんでいるんだよな。その代わり、髪とか体毛は全部燃えてなくなるけど」
「本当にやめましょう。瑠璃さんが死んだら私、ここで一生泣きますよ?」
「じゃあやらない。俺は月を悲しませる気はないからな」
「……ふぅ」
月は安心したように息を吐いた。
それから扉のほうを向き、
「瑠璃さんの気が変わらないうちに進みましょう」
「そうだな」
二人は通路をゆっくりと歩いて移動し、奥の扉を開けた。
するとその先に広がっていたのは、真っ赤な円形の部屋。
「うえぇ……。熱いですぅ」
「おー。あったかいな」
もしレベル1の一般人がここへ入った場合、あまりの熱量によって息ができず、死んでいくだろう。
常に熱風が吹き荒れており、瑠璃と月の肌を刺激する。
部屋の中心には、赤竜の姿。
「瑠璃さん! 私の髪がチリチリしてきました」
そう言われて瑠璃が彼女のほうを向くと、確かに先端が微妙に赤くなって溶け始めている。
「俺の大事な月の髪が危ない。おい、後ろについてこい」
「は、はい!」
瑠璃は走りながら赤竜を蹴り殺し、正面の扉を吹き飛ばした。
その瞬間、温度が急激に下がる。
再び灰色のブロックでできた直線の通路が続いており、一定距離ごとに設置されている窓から、水色の光が差し込んできている。
またもや魔物がいないようだ。
「今度は涼しくなったな」
「あ、ここは快適ですね」
「窓の外はどうせ雪景色とかだろうけど、一応確認してみよう…………おーん」
窓の外を見つめながら瑠璃がつぶやいた。
「それが言いたいだけじゃないですか」
「月も見てみたらわかるって。自然とおーんが出てくるから」
「いや、絶対出ませんからね?」
そう返答しつつ、月は窓の外に視線をやる。
すると、地平線の先までずっと真っ白な雪景色が広がっていた。
「おーん!」
「…………いや、なんかわざとらしいな」
「せっかく乗ったのに、そういうこと言います?」
「よし先に進もう」
そう言い残して瑠璃は歩き出した。
「…………おーん」
「おっ、それだ! 今本物が出たな」
「こんなのに本物も偽物もないと思いますけど」
「いや、おーんはマジで奥が深いぞ。四次元の思考回路を持つ俺ですら全部見通せないから、深淵に何があるのか興味があるもんな」
「ちなみに浅いのはどんな感じなんですか?」
「おーん」
「じゃあ次に、瑠璃さんがたどり着ける限りで一番深いやつを聞かせてください」
「おーん」
「うん。全く変わりません」
「なんだと?」
そんなやり取りをしつつも奥へと進んでいき、扉を開けた。




