第十話【虫の部屋】
「絶対おかしいだろ」
「絶対におかしいです」
「もう30回は左に曲がったぞ」
「……知らないうちに罠にはまってしまった可能性がありますね。試しに左右の壁を壊してみますか?」
「いや、もう一度だけ曲がってみよう」
「はい」
「もしかすると次が最後かもしれない」
「私は永遠に続くと思いますけど」
「この世に永遠なんてない。終わりがあるからこそ世界に理が存在しているんだ」
「一見深そうで、実は適当っぽい言葉ですね」
「四次元にたどり着けば自然と理解できるさ」
「はいはい」
「はいは一回だと親や先生に教わらなかったのか?」
「……肺」
「五臓六腑に含まれていそうな発音だな」
「HIGH!」
ウインクしながら月が言った。
「高い高いしてほしいのか。……仕方ないな」
「え……ちょっ!?」
彼女の腰を掴んで勢いよく持ち上げ、肩車した。
「もう! いきなりこんなことをされたらびっくりするじゃないですか」
「お前がやってほしいって言ったんだろ」
「言ってません。……けどこれ、わりといいですね。身長が高くなった気分です」
「ははっ、子どもみたいだな」
「馬鹿にしないでください」
「ダンジョンを完全攻略したらファミレスでお子様ランチでも奢ってやるよ」
「…………だ~れだ!」
月はいきなり彼の両目を塞いだ。
「おい、前が見えないだろ」
「ふふっ。お子様ですから何をするかわかりませんよ?」
「お子様は大人の言うことを聞け! 今すぐ手を放せ」
「私はお子様なので聞き分けがありません」
「くそ、わりとムカつくな」
「……って、なんで普通に真っすぐ歩けているんですか!?」
「俺くらいになると、目が見えなくても真っすぐを維持することくらい朝飯前だ」
「人間とは思えません。あっ、そこを左に曲がってください」
「おう」
「壁ですけどね」
そうつぶやいて月が両手を離した直後、ベチャッという感覚が瑠璃の顔を襲った。
「ブッ……おい、てめぇ!」
「あはは。面白いですぅ」
「さっきからいい加減にしろよ! 笑い声がかわいいから許す」
「許すんですね!?」
「肩車をしているせいか、月のことがいつも以上に愛おしく感じるんだよ」
「私はなんだか子どもに戻った気分です」
そんなやり取りをしつつも通路を左へと曲がると、そこには真っ青な部屋が広がっていた。
「やっぱり終わったな」
「いつも思うんですけど、瑠璃さんのこういう勘って大体当たりますよね」
「まあな」
「どうしてなんですか? ……って尋ねようと思いましたが、四次元にたどり着けばわかると言われそうなので、やっぱり撤回します」
「勘の良さの秘訣を知りたいのか? まあ、あれだな。いろいろと複雑なんだけど、結局四次元の思考回路にたどり着けばわかるとしか言えない」
「それがわかっていたから、聞くのをやめたんです」
「それよりもこのファイナルステージ、マジで食べられそうな魔物がいないぞ」
部屋のなかには、大量の虫が飛んでいる。
巨大な目玉のハエや、細長いバッタなど。
その全てが青色の見た目をしているため、部屋と同化していて見つけにくい。
「私のお腹は空腹じゃありません!!」
「誰もそのことについては触れてねぇ」
「とにかく下りますね」
「おう。首と肩が折れそうだから早くしてくれ」
「……そんなに重くないですよぉ~だ」
月は器用に彼の肩から下りていく。
「魔物を倒すメリットもなさそうだし、無視して進むか。虫だけに」
遠くにある唯一の扉を見つめながら瑠璃が言った。
「そうですね。賛成です」
「じゃあお先に」
一秒と経たずに瑠璃は扉の前へと到着した。
「瑠璃さん、速いですよ」
二秒ほど遅れて月もたどり着く。
「月だって充分速いだろ。俺と比べなければの話だけど」
「……て、あれ? なんか虫たちが一斉にこっちを向きましたよ?」
「ん?」
「瑠璃さん。早く行きましょう」
「おう」
瑠璃はマイペースに扉を開けていく。
「あぁー、向かってきました! 急いでください」
「おう」
返事をしつつも彼はペースを上げない。
虫のことなど眼中にないのだろう。
「気持ち悪いです。早くぅ!」
「おう」
「全然急がないじゃないですか。大量の虫が迫ってきているんですって!」
「もう通れるぞ」
月は間近の巨大なハエを殴って消滅させつつ、扉の隙間を通る。
瑠璃もそのあとに続き、ゆっくりと扉を閉めた。




