第九話【腹鳴り】
それから最初の部屋へと戻ってきた二人は、続いて左側の通路を進み始めた。
「なぁ、月」
「何ですか? 瑠璃さん」
「ずっとどこからか、くちゃくちゃっていう音がするよな?」
「はい。聞こえますね」
「音の原因がようやくわかったぞ」
「えっ?」
「月のお腹だ!」
瑠璃が彼女の腹部を指さして宣言した。
「違いますぅ~。失礼なこと言わないでください」
「いや、ずっと聞こえるってことは一緒にいる月からだろ」
「扉をくぐる前は無音だったじゃないですか。つまりこの部屋のせいです」
「お腹が空いたのか?」
「話聞いてました?」
「もしそうなら死体が残るように魔物を倒すけど、正直芋虫とかは食べられる気がしないし……。良さそうな魔物が出てくるまでもう少し待ってくれ」
「…………」
月が頬を膨らませた。
「いつも言ってるけど、それマジでかわいいよな」
「絶対鳴ってません!」
「冗談だって。そのくらいわかってるよ」
「女の子相手だったら、普通お腹が鳴っていたとしても気を遣って聞こえないふりとかしますよ?」
「俺と月の関係だし、今更気を遣うとかないだろ」
「まあそうなんですけどね」
「というわけで結論。月のお腹はくちゃくちゃと鳴る!」
「いい加減にしてください。私のお腹──」
「──おっ、なんか見えてきたな。あれは石像か?」
視線の先には、灰色のドラゴンの石像が設置されていた。
再び行き止まりで、道は閉ざされている。
「なんで遮るんですか。せめて私のお腹が鳴っていないことを納得してからにしてもらえます?」
「あいつ……絶対動くだろ」
「私のお腹は鳴っていませんよぉ~」
「さっさと引き返すか。どうせ石像は食べられないし」
「瑠璃さぁ~ん」
「じゃあなドラゴンくん」
瑠璃が踵を返そうとしたその瞬間、石の台座の上に乗っていた灰色のドラゴンが動き始めた。
翼を勢いよく羽ばたかせて二人の元へと近づいていく。
「本当に私、お腹減ってないですからね?」
そう言いつつ月がハイキックを放ち、迫りくる石のドラゴンを粉々に破壊した。
「ナイス、月」
瑠璃が振り向くことなく言った。
「鳴っているのはあくまで部屋です!」
その後、瑠璃と月は再び最初の部屋へと戻り、最後の選択肢である右側の通路に向かって歩き出す。
少し進んだところで、一方通行の通路を左へと曲がった。
「どうやらこの道が正解のようだ」
「私のお腹は鳴ってませんっ!」
「お前まだ言ってるのか。もうわかったって」
「絶対まだ疑ってますよね?」
「もう信じたから大丈夫だ」
「本当ですか?」
「ああ。というか最初から部屋のせいだって気づいてたし」
「じゃあ私のお腹が鳴っているとか言わないでくださいよ!」
「正直ここまで執着されるとは思っていなかった」
「私だって気持ち的にはまだまだ女の子なんですから、そういうことには敏感なんです」
瑠璃と月は再び一方通行の通路を左へと曲がる。
「俺は別に自分のお腹が鳴ってもなんとも思わないし、月のお腹が鳴ったところで別に全く気にならないがな。むしろかわいいとすら思うぞ」
「そう言ってもらえたらちょっとは気が楽ですけど……でもやっぱり好きな人の近くで鳴ったら恥ずかしさはあるんです」
「恥ずかしいと思うから恥ずかしんじゃないのか?」
「出ましたね、四次元の思考回路」
「それ、俺が言うやつだから。先に取るなよ」
「もう四次元は聞き飽きました」
「なんだと?」
「最近気づいたんですけど……三次元と四次元を分けようとしているその思考回路こそが、瑠璃さんが三次元にいる証拠なんじゃないです?」
「あー、なるほど。そういう考えもできるな」
「否定するかと思ったら、納得するんですね」
「一度全てを受け入れて、反芻する。それが四次元の思考回路にいる証だからな」
「…………そうですか」
二人は通路を左へと曲がる。
「ん?」
「どうしました?」
「今ふと疑問に思ったんだけどさ……」
「しつこいですよ! 私のお腹は鳴っていませんっ」
「いや、違うって。なんか左カーブが多くないか?」
「……あれ、そう言われれば。さっきので三回目ですね」
「嫌な予感がするな。螺旋状に上がったり下がったりしている感じでもないし」
「無限回廊ってことですか?」
「まだ決断するには早いけど、そんな気がする」
その後瑠璃と月は、一方通行の通路を何度も左に曲がり続けた。




