第四話【弟】
夜のとばりが落ちる頃、瑠璃と月はマンションの自室前に到着した。
「ここが瑠璃さんの家ですか?」
「ああ。それなりに部屋も多いし、広いぞ」
「……ふぅ」
月は胸に手を当てて、ゆっくりと息を吐いた。
「どうした? 誕生日ケーキに刺さっているろうそくの火でも消したのか?」
「そうなんですよ。カレンダーか何かを見ないと自分が何歳なのか、そもそも今がいつなのかすらわかりませんが、そろそろ誕生日のような気がしなくもないので、誰も祝ってくれない代わりに頭のなかでケーキを用意したんです。白いうさぎさんの形をしたホワイトチョコレートが中心にあって、茶色のチョコペンで【鳳蝶月】って書いてあるんです。で、そんなケーキを妄想しながらろうそくの火に息を吹きかけ……って、違いますよ! 緊張しているんです」
「ツッコミまでがめちゃくちゃなげぇ」
「何せ瑠璃さんの両親に会うんですから。嫌われたりしたらどうしましょうか」
「安心しろ。嫌われたとしても俺が月を手放すことはない」
「嫌われることを否定してはくれないんですね」
「それに関しても大丈夫だ。俺の両親は優しいから」
「へぇ……」
「あ、ただ、父さんの顔はかなり怖いから注意してくれ」
「そんなことを言ったら失礼ですよ」
「失礼も何も、マジだから」
そうつぶやきつつ、瑠璃はチャイムを押した。
数秒ほどして、インターホンから女性の声が聞こえてくる。
『どちらさまですか?』
「俺だけど」
『オレオレ詐欺なら間に合っていますので、お帰りください』
「いや、俺だよ! 母さんの息子の瑠璃だよ! というかこの会話、かなり前にもやったし」
『あら、瑠璃。帰ってきたのね。今開けにいかせるから』
「開けにいかせる?」
『ふふっ、あとでわかるわ』
瑠璃は意味がわからないといった表情で首を傾げる。
少しして、入り口のドアがゆっくりと開けられた。
そこにいたのは両親……ではなく、小さな男の子。
黒い前髪で片目が隠れており、12歳ほどに見える。
「……」
男の子はじっと瑠璃を見つめている。
「かわいいですね。瑠璃さんの弟さんですか?」
「いや、知らん。…………ん? こいつまさか俺の弟か?」
「がはは、正解だ」
玄関へと姿を現した父親が笑いながら言った瞬間、月が「ひっ……」という声を上げて少し後ろへと下がる。
「父さん、俺の女が怖がってるだろ。もっとおだやかな顔になってくれ」
「うるせぇ、無茶言うな。……おい、今なんて言った?」
「もっとおだやかな顔になれ」
「違う、最初のほうだ。俺の女がどうとか言わなかったか?」
「ああ、紹介するよ。この子は鳳蝶月。ダンジョンのなかで出会って、今は一緒に行動している」
そう言って瑠璃は彼女の肩に触れた。
「あ、あのぉ。瑠璃さんとお付き合い? というか仲良くさせてもらってます。鳳蝶月と申します」
「えぇ!? このダンジョン馬鹿の瑠璃に彼女が? おいお前、今すぐこっちにこい! 瑠璃が女を連れてきたぞ」
「ほ、本当ですか!?」
すぐに母親がリビングからやってきた。
「よう母さん。久しぶり」
「久しぶりね。……あら、かわいい子」
「だろ? 鳳蝶月って言うんだ」
「へぇ。……あ、瑠璃がお世話になっております」
母親が月に頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。瑠璃さんには助けてもらってばかりで」
「あらあら、礼儀正しい子だこと」
「……で、俺の弟の名前はなんていうんだ?」
そんな瑠璃の問いに答えたのは、笑みを浮かべた父親だった。
「吹雪だ。かわいいだろ」
「吹雪? ……変な名前だな」
「がはは、瑠璃。お前も人のこと言えないぞ?」
「つけたのはあんただろ!」
父親は吹雪の頭を撫でつつ、口を開く。
「吹雪、よくおぼえておけ。これがお前のお兄ちゃんだ」
「そうなの?」
「ああ。いつもランキング第一位の琥珀川瑠璃だと教えているだろ? それがこいつだ」
「へぇ……」
吹雪は緊張した様子で、じっと瑠璃を見つめている。
「……あの。こういう場面では、瑠璃さんのほうから話しかけたほうがいいと思いますよ?」
月が耳打ちした。
「そうか?」
「はい」
彼は一度ため息をついたあと、吹雪を見下ろしながらつぶやく。
「初めまして。俺が世界最強の男だ」
「……は、初めまして。お兄ちゃん」
「お前……吹雪は、レベルいくつなんだ?」
「えっと、1です」
「そうか」
「吹雪はお前と違って大人しいからな。ダンジョンに近づこうともしねぇ」
父親が言った。
「俺だって大人しかっただろ」
「まあ。頭がいいところや、読書やゲームばかりしているのはお前そっくりだぞ」
「そうか」
「とにかくなかへ入れ。それともすぐに行くのか?」
「月、どうする?」
「そうですね。お邪魔でなければ、私はちょっとゆっくりしたいです」
「おう、瑠璃の彼女なら家族みたいなもんだし。遠慮することはない。母さん、お風呂を沸かしてご飯を作ってやってくれ」
「わかりました」
微笑んで、母親はリビングへと戻っていく。
吹雪もそのあとについていった。
「そこまでしてもらっては、さすがに申し訳ないですよ」
「気にすんな。瑠璃と一緒だったってことは、ずっとダンジョンに籠りきりだったんだろ?」
「あ、はい」
「だったら今日くらい休んで体力を回復させておけ。どうせ瑠璃のことだから、すぐアナウンスで言っていたファイナルステージとやらに向かうんだろ?」
「まあな。本来であれば挨拶だけしていこうかと思ったけど、久しぶりにお風呂にも入りたいし、母さんのご飯も食べたいから今日は泊まっていくことにしよう」
瑠璃が答えた。
「そうしろ」
「とはいっても、俺の部屋はまだあるのか?」
「母さんが定期的に掃除しているから安心しろ。ほんの少し物置として使ってはいるが、昔と同じベッドもあるし、二人で寝れるぞ」
「それはありがたい」
「まあ、夜中は邪魔しにいかないから楽しめよ、瑠璃」
その言葉に、なぜか月のほうが顔を赤くした。
瑠璃は笑顔で口を開く。
「おし、月。今日も添い寝するか」
「……は、はい」
「どうせそれで終わらないだろ?」
父親が口をはさんだ。
「かもな」
「また何年もダンジョンに潜るなら、赤ちゃんを作るのだけはやめとけよ?」
父親の忠告に、瑠璃は不思議そうな顔をする。
「いや、結婚式を挙げてないんだから、コウノトリも運んではこないと思うけど」
「はぁ?」
「とにかくなかに入るぞ」
そう言って彼は玄関で靴を脱いでいく。
「お前、まさかとは思うが……まだ子作りの方法を知らねぇのか?」
「馬鹿にすんな。さすがに知っている」
「じゃあ言ってみろ」
「結婚式を挙げて何日か経ったらコウノトリが運んでくるんだろ?」
「……やっぱりわかってねぇ」
「違うのか?」
「説明がめんどいし、やっぱいいや。……月ちゃんと言ったか、大変だな」
「ええ……まあ」
そんな二人のやり取りを聞いた瑠璃は一瞬首を傾げつつも、リビングへと上がっていく。




