第九話【起床】
「瑠璃、そろそろ起きないと学校に遅れるわよ」
そんな言葉で中学生の瑠璃は目を覚ました。
見慣れた自室の天井。
「いや、今まで俺……ダンジョンにいなかったか?」
どうやらもうすでに状況を把握し始めているらしい。
さすがの精神力といったところか。
「何を言っているの? 朝ごはんが冷めるから早くリビングにいらっしゃい」
比較的若く見える女性が、瑠璃に向かって言った。
「誰だお前?」
「誰って……瑠璃のお母さんじゃない。変な夢でも見ていたの?」
「ここはどこだ? 月はどこにいる」
「ここは家だし、月? なんて子は聞いたことがないわ」
「……」
「ほら、いつまでもベッドにいるから夢と現実がごちゃ混ぜになるのよ。歯磨きをして顔でも洗ってきなさい。もうお父さんもリビングでご飯を食べているわよ」
そう言って部屋をあとにする母親。
瑠璃はパンツ一丁のままとりあえずベッドから起き、二、三回程度軽くジャンプをする。
更に力を抜いたシャドーボクシングを十秒ほどやったところで、納得したように頷いた。
「さっき学校に遅れるとか言われたけど、学生時代にここまで身体能力が高いわけないだろ」
彼は窓から外を見つめる。
いつもと変わらない街の景色が広がっていた。
「要するにここは、ダンジョンに見せられている幻覚ってわけだ」
その瞬間、視界が真っ白に輝き始める。
瑠璃と月は同時に目を覚ました。
「……やっぱりか」
「あれ? ……瑠璃さん」
「月も今、目が覚めたのか?」
「はい。めちゃくちゃ怖かったです」
「ん? 怖かった?」
「学生時代の自分に戻ってて、ずっと何か違和感はあったんですけど、両親が私に元の記憶を思い出させないようにしてきていたんです」
「俺はベッドで目覚めた瞬間に気づいたけどな」
「えっ?」
「多分30秒も経たないうちに戻ってこられたぞ」
「私は何時間もかかりました……。朝起きて歯磨きをして、朝ごはんを食べて、買い物に行って」
「なのに現実に戻ってくるタイミングは一緒だったんだな」
「そうみたいですね」
「とにかく月が無事でよかった」
「はぁ……。本当にこのダンジョン、性格が悪いです! ムカつきます!」
そう言って頬を膨らませる月。
「かわいい顔もその辺にしとかないと、キスするぞ?」
「……いいですよ?」
「恥ずかしいから嫌だ。よし、先に進むとしよう」
瑠璃は立ち上がり、扉に向かって歩き出した。
「する気がないなら言わないでください」
「したいけど、やったら止まらなくなりそうなんだよ。だからまた今度な」
「……はい」
そんなやり取りをしつつ、二人は奥へと進む。
扉を開けると、再び長い通路が待ち受けていた。
「第一階層と同じ構造か」
「そういえば、今回は床を壊して進もうとしませんね?」
「第一階層の壁の先に膜があったことから階層全体が異空間になっていることは想像がつくし、それを壊すとどうなるかわからないからな」
「あ、意外と慎重なんですね」
「俺一人ならむしろやりたいけど、月がいるし。お前を危険にさらすような真似はしたくない」
「あ、ありがとうございます」
瑠璃は彼女の頭を撫でた。
「ひゃっ、いきなりどうしたんです?」
「かわいいなぁと思って」
「瑠璃さんこそ、いきなりそういう男らしい感じを出すのやめませんか? なんというか我慢できなくなります」
「じゃあ頑張って我慢していろ」
「なんでですか!」
「そういえば月ってずっとかわいいよな」
「えっ、改まってどうしたんですか?」
「もう出会ってかなり経つのに、見た目が全然変わっていないような気がする」
「それを言ったら瑠璃さんもですよ。なんでそんなに子供っぽい見た目でいられるんです?」
「それは…………魔物の血とか生肉をそのまま食べているからじゃないか?」
「そんなことありますかね?」
「知らないけど、それ以外に思い当たらない」
「そう言われたら、まあ美容に良いような気がしなくもありませんけど」
「特に白竜の肉はそういった若返りの効果がありそうだな」
事実、瑠璃と月の推測は当たっていた。
魔物の血や生肉には美容に良い成分が含まれているため、普通よりも若い見た目でい続けることができる。
その代わりに脱水症状などの体調不良を起こしやすいのだが、レベルが高い人間には関係がないようだ。
だがしかし歳を取らないというわけではない。
体の内部は一般人と同様、歳を重ねるごとに老化していくし、寿命が延びるわけでもない。
「私はともかく瑠璃さんが年齢以上に若いことから、その可能性は高そうです」
「俺はともかく月がかわいすぎるから、その可能性は高そうだ」
二人は仲良く会話をしながら階段を下りていく。




