第四十三話【ファーストキス】
空蝉が出ていった後、瑠璃と月は扉の近くに寝転がった。
彼女は腕枕をされた状態でつぶやく。
「……瑠璃さん」
「なんだ?」
「私たちって出会ってかなり長いですよね」
「そうだな」
そこで会話がいったん途切れた。
心地良いゆったりとした時間が流れていく。
「……えっと、瑠璃さんって。その……き、キスとかしたことあります?」
月が頬を薄紅色に染めつつ尋ねた。
「おぼえているかぎり、人生で一度もない」
「……そうですか」
「月はどうなんだ? 学校で男の子と喋ったことすらないみたいなことを言っていたが、ファーストキスはもう奪われていたりしないよな?」
「えっ、それはもちろん──」
「──まあ仮に初めてが奪われていたとしても、俺が月を嫌いになることはないから安心しろ。大事なのは過去じゃなくてこれからだ」
「いや、聞いてくださいよ! 私だって経験ありませんから」
「……そっか。ならよかった」
安心したように瑠璃がつぶやいた。
「あのーですねぇ。私たちってもう結構歳じゃないですか?」
「俺はまだまだ若いつもりだけど」
「そうなんですけど、言いたいことが言えないのでとりあえず賛同してください」
「俺ももう三十代くらいだよな。最近歳を感じることが多くて辛いぜ~! これでいいか?」
「やっぱり人外な瑠璃さんでも歳って感じるんですね」
「全く感じてないけどな。そういうテイで言わされただけだし──」
「──瑠璃さんっ!」
「うわっ、びっくりした。間近でいきなり大声出すなよ」
「私と……キスしてみませんか?」
月が小さな声でつぶやいた。
「…………」
瑠璃は顔を赤くして黙り込んでしまう。
昔アニメや映画でそういうシーンを見たことはあるが、自分で経験するとなればどんなものなのか想像もつかなかった。
ゆえに得体の知れないドキドキ感や恥ずかしさがこみあげてくる。
「だめです?」
「いいけど……すごく恥ずかしい」
「私もですよ」
「本当にするのか?」
「普通だったら、男の人から言うものですからね?」
「そういうものか?」
「はい。瑠璃さんってば、いつまで経っても自分から攻めてこないので、ときどき自分に自信がなくなります。女としての魅力がないのかなぁ、なんて」
「そんなこと言うな。俺が今まで見てきたなかでは、お前が断トツの一位だ。というか月より良い女なんてこの世に存在しないだろ」
「……あまり恥ずかしいこと言わないでください」
「月が自分を下げるようなことを言うからだ。次そんなことを言ったら怒るからな?」
「……はい。というか瑠璃さんもかわいいし、かっこいいですよ」
「いや、俺は普通だから」
「そんなことないですって」
「湖で水分補給をするときとかに反射で自分の顔が見えるんだけど、実際マジで平均くらいだと思うんだが気のせいか?」
「気のせいだと思います。そもそも人は顔じゃありませんしね。私は瑠璃さんだから惚れているんです」
「……そうか」
「とにかくき、キスしたいです」
そう言って目を閉じる月。
「言っておくけど戦いとは違って経験もないし、下手くそだからな」
「それはお互い様です」
「……じゃあ、い、行くぞ」
「はい」
二人は緊張した表情でゆっくりと唇を重ねる。
やさしくて穏やかなキス。
それは驚くほど柔らかな感触だった。
お互いにファーストキスということもあり、最初は表面を密着させるだけだったが、次第にどちらからともなく舌を差し込んで絡めていく。
「……んっ。……あぁ」
彼女は色っぽい声を上げつつ更に瑠璃の舌を求めた。
二つの舌が生き物のように動いてねっとりと絡み合い、唾液が交換されていく。
自然と力が抜けて、脳が痺れるような感覚。
「……」
瑠璃はただひたすら本能のままに月を貪る。
抑えることのできない【好き】を我慢することなく放出していく。
「あぅ……」
それを全て受け止めながらも、月は更にそれを超えようと攻めた。
お互いに真っ赤な顔で相手を求め続ける。
二人の唇が離れたのは、それから十分も経ってからのことだった。
至近距離で彼女の目を見つめながら、瑠璃が低音ボイスでつぶやく。
「……月、好きだ」
「その声ずるいです。……好きが止まらなくなります」
「止まらなくていいじゃん」
「そうですね。……えいっ」
月は再び彼の唇を奪いにいく。
今度は先程のような緊張は見られない。
瑠璃も負けじと彼女を求める。
お互いにとって初めてだったキスは、今までの感情が爆発したかのように長期戦となったのだった。
その後、それ以上へと発展しなかったのはさすがこの二人というべきか。




