第三十六話【覚醒の指輪】
瑠璃は月をお姫様抱っこしたまま、広大な森の上を飛んでいた。
正確に言えばジャンプを繰り返しているだけなのだが、圧倒的に空中にいる割合のほうが多い。
「瑠璃さん。一瞬にして指輪を盗むのは良いんですけど、私を抱っこしながらはやめてくださいよ。脳が揺れて気持ち悪くなりました」
「レベルが高いんだし大丈夫だと思っていたんだが、きつかったか?」
「無理ですね。やばすぎてぴったりな例えが全然思いつかないですもん」
月の言葉はもっともだろう。
ジェットコースター。
新幹線。
ロケット。
わかりやすくて速いものが全て瑠璃には当てはまらない。
「それにしてもこの指輪ってどんな効果があるんだろうな」
手に握っている魔女王の指輪を思いつつ、瑠璃がそうつぶやく。
「今つけてみたらどうですか? もしかしたら何かのステータスが上がるかもしれないですよ?」
「あーそうだな。……じゃあ中指に装着っと──っ!?」
指輪をはめながら地面を蹴った瞬間、彼は今までよりもはるかに飛ぶことができた。
「ちょっと瑠璃さん。いきなり速度を出すのはやめてくださいって言ったばかりじゃないですか」
「いや、わざとじゃない。なんか突然力がみなぎってきたんだよ」
「どういうことです?」
あまりの違和感に瑠璃は首を傾げる。
「あれ? 俺の体ってこんなに軽かったっけ?」
「スピードが増えたってことですか?」
「う~ん、素早さだけというより……感覚的に全部が増えているような気がする。ちょっとどこかで全力のパンチを放ちたいな」
「よほどのことがない限りはやめときましょう。見ているこっちが怖いです」
「とりあえず力を試すために魔女を全滅させようかなと思ったけど……屋台のおばちゃんは巻き込みたくないな」
「あの人は優しかったですからね」
「あっ、そうだ。一度アイテムボックスにしまって説明欄を見てみるか。なんですぐに思いつかなかったんだろう」
瑠璃は指輪を収納し、アイテムボックスの画面を操作していく。
「ながら運転は危ないですよ。なんなら私を抱っこしている状態でもありますし」
「えっ……なんだこれ?」
「どうしたんですか……て、ええっ!?」
瑠璃が表示している画面を見た瞬間、月が大きな声を上げた。
【覚醒の指輪
装備者の全ステータスを二倍にする】
「これはいいな」
「なんでそんなに冷静なんですか! もっと驚きましょうよ」
「正直すごすぎて驚きを通り越した」
「ここまで行くともう人間ではありません」
「俺、マジで神様になれるかもしれないな。これを装備して本気を出せばどこまで破壊できるのか想像もつかないぞ」
「もういっそのこと、宇宙にある別の星でも侵略してみたらどうです?」
「あー、それ面白いかも。月お前良いこと言うじゃん」
「いや、冗談で言ったんですけど」
そうこうしているうちに、二人はこの階層の端にたどり着いた。
巨大な壁を目の前にして彼はつぶやく。
「そういえば適当に移動していたけど、階段を探さないとな。……また地面でも掘ってみるか?」
「指輪の効果がすごすぎてそれどころじゃないんですけど。瑠璃さんの場合は、レベルが異次元なせいで元のステータスがやばいので余計にですよ」
「まあな」
瑠璃は月を地面へと下ろした後、再び指輪を取り出して装備する。
「ちなみに今まで聞いたことなかったんですが、もうひとつの指輪の名前はなんていうんですか?」
「…………えっと、なんだったっけ? ずいぶん前に一度見ただけだから、覚えてないな」
「ステータスを上げるのが覚醒って言うくらいなので……経験値を二倍にするのは、無限とかでしょうか?」
「あ、そうそう!」
「えっ、合っているんですか?」
「いや全然違う」
「じゃあそんな反応しないでください」
「月に反応したんじゃなくて、指輪の名前を思い出したんだよ。破戒だ」
「破壊?」
「壊れるのほうじゃなくて、戒めるの漢字を使った熟語の破戒」
「へぇ。なんかかっこいいですね」
「だろ?」
月は間髪容れずに大声で提案する。
「どっちかください!」
「絶対やらん。二つとも俺が手に入れたやつだし」
「えぇー。ケチ臭いこと言わないでひとつくらい分けてくれてもいいじゃないですか。私は破戒の指輪のほうでもいいですよ?」
「そっちのほうがいるんだよ!」
「じゃあ──」
「──却下!」
「むぅ……」
月は頬を膨らませる。
「そうかわいい顔するなって。更に惚れるだろ」
そう言いつつ瑠璃は彼女の頭を撫でる。
すると月は顔を赤くしつつ後ろを向いた。
「…………瑠璃さんはずるいです」
そんなこんなで、瑠璃の左手にはぶっ飛んだ性能の指輪が二つとなった。
「指輪の件はこの辺にして、とりあえず地面を掘るぞ。もうこの階層には用はないし」
瑠璃が言った。
「できれば宿屋に泊まってのんびりしたかったんですけど、魔女王から大切な物を盗んだわけですし、早く逃げないといろいろ面倒そうです」
「だな。全面戦争になったら屋台のおばちゃんを巻き込みそうだ」
「ちなみに瑠璃さんは気づいてますか?」
突然月がそんなことを尋ねた。
「なんの話だ? 誰かが遠くの木の陰から俺たちの様子をじっと窺っていること以外に何も気づけていないんだけど、何か別の問題でもあるのか?」
「そのことですよ」
「あぁ、だったら別にほっとけばいいだろ。干渉してこないみたいだし」
「私はちょっと気になっているんですけど」
「俺は興味がない」
「あっ、木の陰から出てきましたよ」
月の視線の先には、ボロい鎧を着た金髪の男性がいた。
高身長で細身な体格。
イケメンな顔立ちには、いくつもの傷がついている。
そんな彼が剣を構えて二人のもとへと近づいていく。




