第二十八話【虫】
「にしても遅いですね……」
月が全てのギロチンをパンチで破壊し、もうすでに通路の一番奥までたどり着いているのにもかかわらず、瑠璃は底から上がってこない。
レベルアップの音が鳴り止まないため、魔物を殺し続けているのだろう。
「ま、もう少ししたら上がってくるでしょう」
月はそうつぶやいてその場に座った。
◆ ◇ ◆
真っ暗で何も見えない状況のなか、瑠璃はただひたすら周囲を攻撃し続けていた。
「視界が悪すぎて敵の正体が見えないけど、俺はこの世界で最強だ。負けるはずがない」
何かを殴るたびにレベルアップの音が響く。
「レベルが上がるということは、かなりの経験値を持っている強敵なんだろうな」
夢の国で遊んでいると言わんばかりに、瑠璃は楽しそうな表情をしている。
実際彼の周囲にいるのは、巨大な昆虫系の気持ち悪い奴らばかりなのだが。
瑠璃に虫の耐性があるのかどうかはわからないが、知らなくていいというのはまさにこのことだろう。
体中からトゲが生えているワーム。
斑点模様の蜘蛛。
触角が数千本生えているゴキブリ。
足が数千本あるムカデなど。
それらすべてが巨大で、ガサガサと動き続けている。
彼らは上の通路から落ちてくる冒険者を待っていたのであって、決して戦闘狂の化け物なんて望んではいなかった。
◆ ◇ ◆
少しして。
レベルアップの音が聞こえなくなったかと思えば、瑠璃が通路へと上がってきた。
彼はすぐに月のもとへと移動し、口を開く。
「通路のギロチン、全部月が壊したのか? すげぇじゃん」
「ありがとうございます……じゃなくて瑠璃さん、底で何してるんですか? 体全身が緑色の液体まみれですけど」
瑠璃は顔から虫の血液を浴びていた。
布の服にも大量に染み込んでおり、まるで最初から緑色の服だったかのように見える。
「多分魔物を倒している」
「……多分?」
「暗くて周りが見えないんだよ。でも雰囲気からして大量の魔物がいるから、とりあえず暴れて殺しまくっていた」
「めちゃくちゃですね。そんなことだろうとは思ってましたけど」
「それで結構経験値がおいしいし、通路の反対側の底にも行きたいんだけど、もう少し待っててもらっていい?」
「まあ……私もレベルが上がるのは嬉しいので、いいですよ」
月が呆れたように返答した。
「ありがとう、行ってくる」
数分後。
「気が済みましたか?」
液体まみれの瑠璃に向かって、彼女が尋ねた。
「戦い足りないけど、もう全部いなくなったみたいだし。仕方なく帰ってきた」
「そうですか。じゃ、先に進みましょう」
「あ、ちょっと待って。衣服がベトベトだから着替えたい」
そう言うなり、瑠璃は服を脱いでいく。
「わかりました。……て、えぇ!? なんで躊躇いなく下まで全部脱ぐんですか」
月がすぐに後ろを向いた。
「月って出会った頃からずっとそれ気にしてるよな。別に見られて恥ずかしい物でもないし、結構いい体してるだろ?」
「いえ、一般常識ですから! ……確かに瑠璃さんはスリムでかっこいいですけど、その、せめて下は見せないでもらえます? 恥ずかしいので」
「下? ……あぁ、ち○このことか!」
「直接言わないでください」
「十年近く一緒にいてまだそんなの気にしているのか?」
「逆に瑠璃さんは私の胸とか体を見て、なんとも思わないんです?」
そう言われて瑠璃は目を閉じる。
それから数秒後、急に顔を赤くし始めた。
「…………な、な、なんとも思わないなぁ」
「その言い方からして、めちゃくちゃ恥ずかしがっているじゃないですか。私もそれと同じ気持ちなんですよ」
「なるほど。理由はよくわからないけど、異性の裸を見ると恥ずかしいんだな」
「そんなことも知らなかったとは。……本当に瑠璃さんって今までどんな生活を送ってきたんですか?」
「どんな生活と言われても……普通だと思うけど」
「普通に過ごしていたら同級生の女子とかに恋したりするものじゃないです?」
「それが不思議と興味がわかなかったんだよ。いつも言っているけど、人を好きになるって感覚を初めて知ったのは、月と出会ってからだし」
「そうですか」
「とはいっても、月の裸を見たことは一度もないような気がするな」
「そりゃー、見られないように意識して行動してましたから」
「知らなかった。……あ、着替え終わったからもう行けるぞ」
瑠璃は液体まみれの布の服とズボンを底へと投げ捨てた。
「はい。先に進みましょう」
二人は階段を下りて次の階層へと進んでいく。




