第三話【両親】
辺りが夕暮れに染まってきた頃、瑠璃はマンションの自室前に到着した。
今の身体能力であれば走ってすぐに着いただろうが、人の迷惑になりそうだと判断してのんびりと帰ったのだ。
そのおかげで今の秋葉原の現状をじっくりと見た彼は、あまりの変化に一瞬別の世界にきたのではと思った。
しかし微妙に秋葉原の面影が残っていたりするため、何とか日本であると納得することができていた。
「ダンジョン付近は異世界みたいになっていたけど、このマンションは何も変わってないな」
瑠璃は正面のドアに目をやる。
この先には久しぶりに会う両親がいるため、彼の表情から緊張の様子が感じられるのも無理はない。
「あの二人……元気にしてるかな」
そうつぶやきつつ、チャイムを押した。
少しして、インターホンから女性の声が聞こえてくる。
『どちらさまですか?』
「えっと、俺だけど」
『オレオレ詐欺なら間に合っていますので、お帰りください』
「いや、俺だよ! 母さんの息子の瑠璃だよ!」
『は? えっ、ちょっ……。あなた、今すぐこっちに来て! あの子が戻ってきたわ』
部屋のなかが一気に騒がしくなってきた。
入り口のドアがすぐに開けられ、両親二人が外に飛び出してくる。
「瑠璃! 三年ぶりね!」
細身の母親が瑠璃に抱きつきながら言った。
「あれ? ダンジョンに行くと告げて家を出てから長いこと帰ってきてなかったのに、意外と軽い感じだな。……もうとっくに死んでいるんじゃないか、とか思って心配したりしてなかったの?」
「当たり前じゃねぇか。なんせ俺たちは毎日お前の成長を見ていたからな」
顎髭を生やした父親が、さも当然かのように言った。
「俺の成長を? どういうことだ?」
「何とぼけてんだよ。お前この世界のレベルランキングで第一位じゃねぇか」
「まあダンジョンが出現した日から、今日まで一度も外に出なかったから他の人より強くても不思議ではないけどさ。……それはともかく、なんで俺のレベルが高いことを知っているんだよ」
「なんでって……ランキング画面にお前の名前が載っているじゃねぇか」
「ランキング画面? なんだそれ」
そんな瑠璃の反応に父親が眉を顰めた。
「なんだお前、まさか知らないのか? メニューを開いて一番下の項目に【レベルランキング】ってのがあるだろ?」
「いや、知らなかったな。……ちょっと見てみる」
そう言って彼はメニュー画面を開いていく。
瑠璃は今まで、ステータスとスキルのポイントの割り振りを行うか、アイテムボックスを開く以外の機能をまともに使用したことがなかった。
ゆえに知らなくて当然だろう。
【第三位 赤松 斗真 ・天神ノ峰団 Lv581】
【第二位 村雨 刃 ・天神ノ峰団 Lv599】
【第一位 琥珀川 瑠璃 ・無所属 Lv10003】
「あ、ほんとだ。俺の名前が第一位……って、なんか二位との差がおかしくないか? みんな弱くない?」
「瑠璃がおかしいだけだと思うわ」
母親が呆れたように返答した。
「それはともかく、さっき機械みたいな声が聞こえてきたが、ファーストステージとやらをクリアしたのはお前なのか?」
父親がそう尋ねる。
「ああ。ついさっきダンジョンの最下層にたどり着いてボスを倒してきた」
「やっぱりか。……いやぁ、ウチの息子が立派に育ち過ぎてちょっと怖いぜ」
「父さんの顔のほうがよっぽど怖いけどな」
瑠璃の父親は昔から顔がいかつい。
節分の日に街を出歩いていたら、鬼と間違われて豆をぶつけられるレベルだ。
「ほっとけ」
「それじゃあ俺はそろそろ行くけど。一応換金できそうなアイテムをいくつか置いていくから」
「瑠璃……。もう行っちゃうの?」
「ああ。今までは誰よりも早くダンジョンをクリアしてやろうと思って頑張ってきたけど、ついさっき新しい目標ができたからな」
「女を侍らせてハーレム大国を作ることか? なるほど。お前もなかなか言うようになったじゃねぇか」
そう言ってニヤニヤする父親。
「ちげぇよ」
「じゃあなんなの?」
少し不安そうに母親が尋ねた。
「う~ん、秘密。……はいこれ。金塊100個置いておくから。どこかで換金してお金に換えてよ」
瑠璃はアイテム画面から金塊を100個まとめて取り出す。
金ぴかに光るインゴットが、玄関に積み上げられた。
「おいおい、マジかよ。なんだこの金の量。……下手したらもう一生働かなくても過ごしていけるんじゃねぇか?」
「アイテムボックスにはあと800個くらいあるけど、これ以上出したら床が沈みそうだしやめとくよ」
「いや、これだけで十分だぞ。むしろ多すぎるくらいだ」
「それじゃあ俺はもう行く。……二人とも元気で」
そう言ってあっさりと歩き出す瑠璃。
彼は早くセカンドステージへと進みたかった。
何より、レベル上げをしていない時間がもったいないと感じていた。
「瑠璃! 俺たちはお前がいないのをいいことにラブラブな生活を送るから、とうぶん帰ってくるんじゃねぇぞ!」
「そうよ、全然寂しくなんて、ないんだからね。気にせず…………頑張り、なざい」
後ろから両親の声が聞こえてきた。
母親は泣いているようだ。
瑠璃は振り返ることなくつぶやく。
「行ってきます」




