第二十一話【洞窟】
月は再び咳ばらいし、上目遣いで瑠璃を見つめながらつぶやく。
「ねぇねぇ。……あまえてもいい?」
吐息交じりで、すごくかわいい声質だった。
「……」
瑠璃が無言で転んだ。
月が雪の上へと放り出される。
「──っ!? ちょっと瑠璃さん、何してるんですか。かなりの速度で走っていたんですから、雪が積もってなかったら怪我してましたよ?」
「…………」
瑠璃からの返答はない。
雪の上でうつ伏せになっている。
「……あれ? 死にました?」
「生きてはいる」
「あ、そうですか」
「でも、死ぬかと思った」
「死ぬかと思ったって……失礼ですね! そんなに私の声が気持ち悪かったんですか?」
瑠璃はゆっくりと立ち上がりつつ、首を左右に振った。
「そんなわけないだろ。月がかわいすぎてやばかったんだよ。なんというか心臓が止まるかと思った」
「えっ……そう言ってもらえたら嬉しいですけど。でも、そんなにですか?」
「なんかよくわからないけど、お腹の奥がきゅーってなった」
「男の人って、女性に甘えられたらそんなことになるんですか?」
「俺も初めての経験だからよくわからん。…………月、改めて俺はお前が好きだ」
そう言いながら瑠璃は彼女をお姫様抱っこし、再び走り出す。
「ひゃっ……あの。私もです」
「女性の声ってすごいんだな。更に守りたくなった。いや、守らないといけないんだ! って心の底から思わされた」
「ちなみに私が瑠璃さんの低音ボイスを聞いた時はその反対でした。守られたいなって思いましたもん」
「俺の声にそこまでの威力はないだろ」
「あるんですって! 喉のなかに声優が二人いるって言われても違和感ないくらい違いましたから」
「なんか普段の俺の声が微妙みたいな言い方だな」
「正直言って微妙です。声のトーン高いですし」
「おい!」
「あっ、正面に洞窟が見えてきましたよ」
月が目を細めて言った。
「今更気づいたのか? 俺はもっと早く気づいていたぞ」
「いやいや、吹雪のなかでそんなすぐに見つけられるわけないでしょ。私に負けたからと言って見栄を張らなくてですよ?」
洞窟に到着したため、瑠璃はスピードを落としてゆっくりとなかへ入っていく。
一定距離ごとに松明が設置されており、多少明るい。
「別に見栄なんて張ってねぇよ。俺くらいのレベルになると視力が鷹くらいあるんだよ」
「絶対視力にレベルなんて関係ないと思います」
「それがあるんだな。まあお前もレベル6000万を超えたら実感できるだろ」
「もしそれが嘘だったらどうします?」
「ガルルルゥ!」
「話の邪魔すんな!」
「ギャゥ!?」
突然襲ってきた茶色の熊を、瑠璃が蹴り飛ばした。
上手に手加減していたこともあり、熊は爆発することなく洞窟の壁にめり込んだ。
「もし嘘だったらそうだな……。月の全力の攻撃をノーガードで受けてやるよ」
「いや、私絶対ダメージを与えられないじゃないですか」
「そういうことでこの話は終わりだ。そしてお姫様抱っこも終わりだ」
彼は月を地面へと下ろした。
「……せめてお姫様抱っこは続けてもらえません?」
「少しは歩いてくれ。魔物が現れたらまともに戦えないんだよ」
「ここへくるまでに二回出会ってますけど、普通に倒してましたよ?」
「まあな。……あ、いいこと思いついた」
「話題をそらしてまで言わないといけないほど、いいことなんです?」
「いや、割と重要度は低い。だから言わせてくれ」
「全然言っている意味がわからないですけど」
「四次元の思考回路になったら理解できるから安心しろ。……それで思いついたことなんだけどさ、ちょっと月が俺をお姫様抱っこしてみてくれ」
「……はい?」
「【守りたい】と【守られたい】を入れ替えたら、何か大切なことに気づけそうな気がしないか?」
「そうですか?」
「そのわからないことを常日頃から試してみるのが大事なんだよ。人は無意識のうちに変わらない日常を望むものだからな。それをぶっ壊して初めて内面を進化することができる」
「あぁ……。なんとなく言いたいことがわかりました。私もちょっとどういう気分になるのか興味がありますし、やってみましょう」
「力加減を間違えて俺の体を潰したりするなよ」
「多分本気で潰そうと思っても、ステータスに差がありすぎて無理だと思います。だから安心してください」
「ま、月はそんなことしないってわかっているから、安心しすぎて安心できないレベルにたどり着いているまである」
「全然わからないので無視するとして、お姫様抱っこしますよ?」
「お、おう」
彼女は瑠璃を抱っこし、何か違和感を感じたらしく眉間にしわを寄せる。
「……あれ? 瑠璃さん予想以上に軽いですね」
「いくらレベルが高くなっても体重が重くなるわけじゃないからな」
「なんか、ワレモノを扱っているみたいです」
「だろ? 俺の気持ちがわかってくれたか」
「すごく実感しました」
「あ、月。少し先に分かれ道があるぞ」
「えっ、見えないんですけど」
「足音の響きで大体わかるだろ。どっちに行く?」
「えーっと、私は左がいいです」
「じゃあ左に進むとしよう。もし行き止まりだったり罠があっても俺のせいにならないし。おっ、見えてきたぞ」
「…………やっぱり右に行きます」
そうつぶやいて月は分かれ道を右側へと進んでいく。




