第二十話【白熊】
第33階層。
「ドアを壊したいとか言っていたけど……そんなのどこにもないな」
辺り一面真っ白の雪景色を見ながら、瑠璃がつぶやいた。
吹雪が吹いているため、あまり遠くが見えない。
「くしゅんっ! ……めちゃくちゃ寒くないですか!?」
「月のくしゃみかわいいな」
「バカにしないでください」
「全くしてないんだけど、まあいいや。……確かに俺たち二人とも半そで半ズボンだし、寒さはほぼダイレクトにくるぞ。俺からすると全然寒くないけど」
「瑠璃さん、私を温めてください」
月がいきなり彼に抱きつく。
「お前情緒不安定なやつだな。さっきまでストレスがどうとか言って怒ってたくせに」
「これだけ寒ければ怒りもなくなりますよ」
「とにかく、どこか雨風しのげるような場所を見つけよう。走れるか?」
「お姫様抱っこしてください。瑠璃さんが全力で走ったほうが絶対に速いので」
「確かに今の月であれば、俺が少しくらい力加減を間違えたところで怪我はしないだろうけど、大丈夫か?」
「はい。よろしくお願いします」
「任せとけ」
彼は月をお姫様抱っこし、ものすごい速度で雪のなかを駆け抜ける。
周囲には木の一本もなく、ただひたすら平面の雪が広がっていた。
ゆえに今自分がどの方向を向いているのかがわからなくなる。
「あっ、今ふと思ったんですけど、一度32階層に戻って大量の布の服を使って防寒着を作ってから探索を始めればよかったですね」
「あー確かにそう言われたらそうだな。今ならまだ戻れるけど、どうする?」
「瑠璃さんが抱っこしてくれるならこのままでいいです」
とそこで、巨大な白熊が瑠璃に殴りかかった。
彼は一瞬だけペースを速めて回避し、何事もなかったかのように話を続ける。
「というかさ、おんぶに変えようか? 体感温度的にそっちのほうが温かいだろうし」
「いえどちらかというと、このままで甘い言葉をつぶやいてくれていたほうがポカポカします」
「……もうやらねぇ」
「そんなこと言わずに低音ボイスで喋ってくださいよ」
瑠璃がジト目で月を見つめる。
「元気があり余っているみたいだし、自分で走るか?」
「……寒いですぅ」
全速力で追い付いてきた巨大な白熊が、今度は体当たりをしてくる。
瑠璃は一瞬だけペースを遅くして躱した。
「そもそも、なんでそんなにレベルが高いのに寒いんだよ。自分で歩きたくないだけじゃないのか?」
「いえ、瑠璃さんと引っ付いているのでなんとかなってますけど、肌が直接外気に触れているせいかわりとやばいです。逆にどうしてこの吹雪のなかで寒くないんです?」
「男ってのは、大切な人を守るために生きているようなもんだからな。お前を抱っこしている今、こんな吹雪程度肌に優しいホワイトパウダーみたいなもんだ」
「あ、今のセリフ。ちょっと声を低くして言ってみてください」
「嫌だっつーの。そんなに言うなら逆に月もなんかやってみろよ。かわいい声で男がキュンとするようなセリフとか」
「えっ……めっちゃ恥ずかしいです」
「絶対笑わないから、とりあえず言ってみて」
「笑ったら怒りますからね?」
「約束する」
月は一度コホンと咳ばらいをし、瑠璃を上目遣いで見つめながら口を開く。
「ねぇねぇ。あま──」
「──ガオォォォ!!」
再び白熊が大声を上げつつ体当たりをしてくる。
「うるせぇ、てめぇ!! 月のセリフを遮るんじゃねぇよ」
甘い雰囲気を邪魔されたことによってとうとう頭にきた瑠璃が、白熊に全力の蹴りをくらわせた。
凄まじい威力により、破裂して粉々になりつつも遠くへと飛んでいく。
レベルアップの音が響いた。
実はあの白熊はこの階層の主であり、魔物や人間などを見境なしに襲う強敵だったのだが。
瑠璃の前では赤子も同然だった。
一応強さで表すなら、白竜よりも少し弱いくらいだ。
サードステージの一階層の主ですらこの程度の戦闘力なのだから、セカンドステージの階段の罠がどれだけ凶悪だったかは言うまでもないだろう。
「はぁ。あの白熊のせいで言う気が失せました」
月が言った。
「……もう一度頼む」
「今からだとさっきみたいな雰囲気を作れませんよ」
「絶対できるって。月かわいいし」
「そ、そうです?」
「ああ。だからもう一回最初からやってみてくれ」
「そこまで言うなら仕方ないですね」




