第八話【久しぶり】
その後三人は夕方までアトラクションで遊び、みんなと合流した。
しかし夜のパレードまではまだ時間があるため、先に各自好きなお土産を買っていく。
父親と母親は大量のお菓子。
吹雪と紫苑がそれぞれお揃いのキーホルダーや文房具など。
「瑠璃。俺たちは外で待ってるから、ゆっくり選んでこい。だからなるべく早くこいよ?」
そう言い残して父親が店の外へと出ていく。
「いや、どっちだよ」
瑠璃がジト目でつぶやいた直後。
「あんた……琥珀川瑠璃か?」
背後からそんな声が聞こえてきた。
向くと、金髪高身長の男性。
顔立ちがかなり整っており、いかついサングラスをかけている。
年齢は50代くらいだろう。
「…………ん?」
「瑠璃さん。知り合いですか?」
月が小さい声で尋ねた。
「いや、全く心当たりがない。……えぇっと、どちらさんでしょう?」
「おぼえていないか? 空蝉だ」
「空蝉? ……あー、そういえば昔そんなやつがいたおぼえがある。……マジで久しぶりだな」
「ああ、久しぶり。その子は鳳蝶さんとの子どもか?」
瑠璃は「そうだ」と頷く。
「めちゃくちゃかわいい女の子だな」
「だろ? ……まあこう見えても男の子だけど」
「…………は?」
「こいつ、正真正銘の男だから」
「そんなわけないだろ。俺をからかっているのか?」
「空蝉さん。この子は本当に男の子です」
月が祈の頭を撫でながら言った。
「…………信じられない」
「だろうな。俺も未だに疑っている」
「ちょっとお父さん!」
祈が瑠璃に抗議の視線を向けた。
とそこで月が質問する。
「そういえばお一人ですか?」
「いや、嫁と子どもも一緒だ。今隣の店で買い物をしている」
「あー、なるほど」と納得する月。
「じゃあ俺はそろそろ二人と合流するから、この辺で」
「おう。またなチンピラヤクザ」
瑠璃が手を上げて言った。
「誰がチンピラヤクザだ!」
「瑠璃さん、そのたとえはあまり正しくありません。空蝉さんはどちらかと言えば日本人離れしたイケメンなので、欧米金融マフィアのほうが的確だと思います」
「なるほど。確かにそれっぽいな。……まあ、サングラスだけを見ればフィリピンマフィアだけど」
「くそ、このバカップルめ。好き勝手言いやがって」
空蝉は恥ずかしくなったのか、サングラスを外して胸ポケットにしまう。
「褒め言葉をありがとう。俺たちはマジでラブラブだからな」と瑠璃。
「そういうところは昔と変わらずか」
「ああ。……というか家族の元へ行くんじゃないのか?」
「あんたが俺をチンピラヤクザと呼んだからだろ! ……ふん、じゃあな」
「おう。またお前とはどこかで会えそうな気がするぞ」
「残念ながら俺もそんな気がする」
微笑みながらそう言い残し、空蝉はこのお店をあとにした。
「瑠璃さん。お義父さんたちが待っていますので、私たちも急ぎましょう」
「そうだな」
結局三人は同じアヒルのぬいぐるみを購入した。
祈は異世界に持っていかず、瑠璃と月を悲しませないように自分の代わりに置いていきたいようだ。
それを聞いた月は、再び泣きそうになっていたが、なんとか堪えることができていた。
その後瑠璃たちはレストランで食事を済ませてから、夜のパレードを見にいく。
もう始まっていたため、いい場所で見ることはできなかったが、遠くからでも充分迫力があって楽しかった。
きっと最高の思い出になったことだろう。
◆ ◇ ◆
それから駐車場へと移動し、一番最後に瑠璃が車に乗り込もうとしたその時。
「えっ……こ、琥珀川瑠璃さんですよね!?」
白髪まみれのおっさんから話しかけられた。
おそらく瑠璃の父親と同じ年齢層だろう。
「? …………あぁ! 昔からずっと俺の大ファンだって言ってくれてた人か」
少しの時間が空いたあと、瑠璃はこの男性が巨大な鎧を着ていたおっさんだと思い出した。
酒場でランキング画面ばかり見ていたあの男性である。
「よくおぼえていましたね」
「俺は記憶力がいいから当たり前だ。…………さっきの空蝉と言い、マジで久しぶりだな」
「あっ、私もこの人知ってますよ」
車内から月の声が聞こえてきた。
「あなたは、るなた……鳳蝶月さん。まさかこんなところで二人に出会えるとは……。孫たちに無理やり連れてこられてよかったです」
「……にしてもあんた、老けたな」
「まあ、はい」
瑠璃の言葉に、おっさんはにやりと笑った。
「そういえば、酒場で一緒にいたもう一人は元気にしているのか?」
「それが……あいつは俺より先にガンで逝っちまいました」
「……悪い。変なことを聞いたな」
「いえいえ。もうこの歳ですから、周りの人間がいつ死んでも珍しくはありません。慣れてきましたよ」
「そうか」
「……琥珀川瑠璃さんもなんだか大人っぽくなりましたね」
「まあな。ダンジョンに潜らなくなってから、ようやく見た目が歳を取り始めたみたいだ」
「へへっ、今のほうがかっこいいですよ」
「ありがとう」
「ま、ダンジョンがなくなっても俺はずっと琥珀川瑠璃さんの大ファンでい続けますから、これからの人生も頑張ってください」
「あんたも残された余生を楽しく生きろよ」
「はい。ランキング画面さえあればもっと楽しいんでしょうけど、今は家族と酒があれば充分です。……それでは」
「おう」
そんなやり取りをし、瑠璃は車へと入っていく。
「瑠璃。あのおっさんと知り合いか?」
さっそく運転席の父親が尋ねてきた。
「まあ、そんなところだ。ダンジョンに潜っていた頃、ずっと俺の大ファンでいてくれていたある意味すごい人だよ」
「ほう。そりゃー、また一緒に酒でも飲んでみたいな」
「父さんとだったら絶対気が合うと思うぞ。あのおっさんもかなり酒が強かったおぼえがあるし」
「いいじゃねぇか。今度紹介しろ」
「いや連絡先知らないし…………そうだ、ちょっと聞いてくる」
「ああ頼む」
瑠璃はすぐに車を降り、若い家族と一緒に歩いているおっさんのあとを追った。
「おーい」
瑠璃の呼び声に、おっさんは後ろを振り返って首を傾げる。
「ん? どうかしましたか?」
「俺の父さんがまた今度あんたと酒を飲みたいらしいから、連絡先を教えてくれ」
「えっ……あ、はい。喜んで」
動揺しつつも携帯を取り出すおっさん。
「父さんは俺のことについて詳しいし酒も強いから、きっと楽しい飲み会になると思うぞ」
「うわぁ……、それは楽しみですね。琥珀川瑠璃さんが昔どんな子だったのか、とか。実は一人でいろいろと妄想してたんですよ」
「お、おう。なんか気持ち悪いけど、まあいいや」
「気持ち悪いって……ひどいですね」
「事実だろ」
「ははっ、違いありません」
そうしておっさんの連絡先を入手した瑠璃は、再び車へと戻った。
「お待たせ。出発しよう」
「おう」
父親はいかつい顔に似合わず、ゆっくりと車を発進させる。
その後、帰りの車内で会話が途切れることはなかった。
それぞれどのアトラクションに乗ったのか。
昼は何を食べたのか。
園内でどんな発見があったのか。
家に着くまでずっと、みんな等しく明るい顔をしていた。




