⑥主人公の試練
高らかに始まりを告げるベルが鳴り、社交のシーズンがやってきた。
すなわち、サファイア王立学園入学と社交界のデビューを意味する。
入学式とデビューを兼ねたパーティーは朝から盛大に開かれ、夜の深い時間まで続く。
ご令嬢の方々は、この日のために何年もかけて仕立てたドレスに身を包み、各国の代表に見守られ、大人の第一歩を踏み出す。
リリアンヌも父親のロロルコット伯爵のエスコートで会場に入った。
リリアンヌはピンクのドレスを選んだ。ピンクと言っても、トーンを落として、スモーキーな落ち着いた色のピンクである。
胸元には薔薇が連なってあしらわれ、ウエストからふわっとスカートが薔薇の花びらのように下に広がっている。
全て一色でまとめているので、他のご令嬢と比べても目立ち過ぎず、エレガントな仕上がりになっている。
髪の毛はゆるく巻いてアップして、メイクは薄めにしてリップはドレスの色に合わせた。
「あら、貴方、とても素敵ね。まぁ、私よりは少し劣るけど」
若干の傲慢さが香る賛辞が聞こえリリアンヌは振り返った。
そこにいたのは、薄い茶色のたてロールの豪華な髪に、緑に赤のクリスマスカラーのハデハデドレスに身を包んだ、悪役令嬢の大ボス!サファイア王国の公爵令嬢、エリザベス・ブルーミングだった。
「ありがとうございます。今日はとてもいい天気ですね。おっーほはほほほほほほほ。それではまたーーーーーー!」
後ろ歩きで、我ながら器用だと思うが、エリザベスから逃げきった。
どう見ても、挙動不審で意味不明だが、このままお茶にでも誘われたら、あっという間に悪役令嬢とりまき役へ一直線!!
「危ない危ない…危なかった。あんなのに関わったら絶対火傷する」
壁際で滝のような汗と、呼吸を整えていると、肩を叩かれた。
「リリアンヌ、遅いじゃない」
「ローリエー!良かったぁー、もう会えないかと思ったー」
「なによ、大袈裟ね」
ローリエが天使どころか神のごとく、後光がさして見える。
しかし、こんな事で動揺してどうする。ここはゲームの舞台なのだ。
そして、今回のリリアンヌは、完全なる傍観者。
そして、パーティーには主人公や、攻略対象者達も来ているはずだ。
まず、ここにはまだ、同じ学年の者達しかいない。この後、夜会から上級生の男子が参加する。
確か最初は、主人公エリーナ・マグニートが、パーティー会場の前で、サファイア王子、アルフレッドに出会うシーンだ。
オレ様らしく、尊大な態度を取るアルフレッドに、主人公が平手打ちをくらわす。
早速、会場の外が騒がしくなってきた。
「おいなんか大変な事になってるぞ!」
「どうされたの?王子に何かあったのかしら」
騒ぎを聞いた人々が、わらわらと入り口に向かって集まりだした。
本来ならば、不敬罪にあたるほどの行為だが、アルフレッドが自分に非があったと言って、不問にするのだ。
「何かしら。見に行ってみる?」
ローリエも群衆と同じく、外のイベントを気にし出した。
「んーん、いい。興味ないし。お腹空いたから食べに行くわ」
主人公のイベントより、朝から準備に追われて、ペコペコなのでお腹が空いていた。
軽食のビュッフェに向かう方が今は大事だ。
ローリエは気になって仕方がなかったらしく、ちょっと見てくるー!と行ってしまった。
「んー…美味しい。幸せすぎる」
ラッキーな事にほとんど人がいなくなったため、リリアンヌはビュッフェを堪能する。
「ずいぶん、美味しそうなお顔で食べられるのですね。こちらまで、幸せな気持ちになります」
声の方向を見ると、見事な銀髪に深いブルーの瞳、透き通る肌に整った顔立ちの男性がこちらを見て微笑んでいた。
(出た!!攻略対象者!ルカリオ・ベイサイド!)
ベイサイド王国の第二王子で、チャラ男キャラ。モテモテなのに、主人公が全然自分になびかないのを納得出来ず、絡んでいくとかそういう設定だった。
「はぁ、こちらのカヌレットは絶品ですよ。いかがですか」
「はい、ぜひ」
とりあえず、一番の気に入ったものを勧めてみると、これは…と喜んでくれた。
「ベイサイド王国の、ルカリオ・ベイサイドです」
「アレンスデーン王国の、リリアンヌ・ロロルコットですわ。よろしくお願いいたします」
簡単な紹介のあと、ルカリオはじっとリリアンヌを見つめてきた。
「あの…なにか、ついていますか?」
「あっ、これは、失礼。あまりにもお美しかったので、見惚れてしまいました」
(おーおー、早速チャラついてんね、ご苦労様)
「これは、どうも。ありがとうございます」
「貴女ほどの美しさであれば、自国でも引く手あまたでしょう」
「そんなことございません」
「またまた、謙遜ですか」
「いえ、本当です」
「そんな、見え見えのご冗談を」
「冗談は話しておりませんが」
「はっはっはっ、それではアレンスデーン流の挨拶みたいなものですね」
「そんな挨拶はありません」
「いや、そんな、私の審美眼は間違っていないはずだ」
「えー…となんと言っていいか…」
話の終着点が見えなくなってきたので、面倒になったリリアンヌは、終わらせることにした。
「私、男性から誘われたことはございませんの、本当ですよ。これでよろしいですか」
「まさか!本当に…!アレンスデーンの男達は不能なのか!?」
「え?」
「あっ、失礼、こちらの話です」
ルカリオは、なにやらショックを受けてしまったようで、固まってしまった。
なんとなく、アレンスデーンの男子を敵にまわしたような気がしたので、一応フォローすることにした。
「でも、最近、婚約はしましたの。少しお話ししたくらいの方ですが、貴族の結婚なんてそんなものですものね」
ルカリオはますます、ポカーンとしてしまい、イケメンさん顎外れるよーと少し心配になったので、場を離れる事にした。
では、この辺でーと、さりげなく逃げたので上手く行っただろう。
ちょうど、戻ってきたローリエの姿を見つけた。
「おかえりー!ローリエも何か食べてくれ…」
「ちょっと!大変よ!外でサファイアの王子が、貴族の令嬢に、頬を叩かれたらしいのよ!」
食いぎみで、少し青ざめたローリエが近づいてきた。
お決まりのアルフレッドイベントだ。
「あぁ、王子の寛大なお心で、この場は収まったんでしょ」
父さんにも叩かれたことないのに状態でショックを受けるけど、勝ち気で明るい主人公に興味を持つやつね。
「収まったには、収まったけど、最悪よ…。そのご令嬢、不敬罪で捕らわれて連れていかれたわ」
「えっーーー!!!ゴホッゴホッ」
優雅に飲んでいた食後のドリンクが、変なところに入ってしまった。
「ちょっと、大丈夫!?」
慌てたローリエが背中をさすってくれた。
(私の記憶違い?そんなハードな始まりじゃなかったはず。手付かずのイベントだから、何の影響も受けてないと思うけど)
ちょっと整理しよう。リリアンヌが行ったのは、エリザベスとの交流を拒否したこと。
しかし、これは、後の、イビりシーンにリリアンヌがいないくらいの影響しかないはず。
ならば、主人公イベントをもう一度詳しく思い出してみよう。
アルフレッドが、貧乏男爵令嬢だった主人公のドレスを軽くバカにしたのだ。
確か、変な飾りがついてんなとか言って…。
貧乏がコンプレックスだった主人公は、お金がなくて悪かったわね!と言って、アルフレッドを平手打ち。
最初は頭にカーッときたアルフレッドだけど、友人に今のはお前が悪かったと窘められて、ハッとして、主人公に謝罪するのだ。その時に見た主人公の顔が忘れられなくなり…。
どこも、おかしくないじゃん!
ん?
いや、おかしいぞ。
制止役の友人って……ルカリオじゃん。
(だーー!!!アイツ!なにのんきにビュッフェ食べに来てたの!?)
(…と言うことは、カーっときたアルフレッドがそのまま暴走して…)
(…知らない、知らない。私は傍観者。傍観者)
「あー…参考に聞きたいのだけど、不敬罪ってどんな罰になるのかしら」
「それは…、国にもよるけど、たしか、この国では、死刑ね」
ガビーーーーーン!!
いきなり主人公死亡!
いや、そんなルートないでしょ。
え?私のせい?
いや、ルカリオのせいでしょ!
んーでも、なぜルカリオがこっちに……?
(なんか…とっても罪悪感)
「ほら、先生方の紹介が始まるわ。行きましょう」
ローリエに引っ張られて、移動しながら、リリアンヌはこれからの事に、頭を悩ませるのであった。
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かくとうタイプ・・・じゃなくて、ルカリオ氏は、本来なら王子を探しに外に出るはずが、良い女センサーが発動して、リリアンヌに引き寄せられてしまったのです。
ある意味リリアンヌせいでもある?のかな。
次回はひとりごとです。