④恋とダンスのお相手を
王太子殿下主催のパーティーへのお誘いは、なかったことにはもちろん出来ず。
アニーはその場で聞いていたので、飛び跳ねて喜んで報告してまわっている。
ドレスはどこで作ってもらうかなんて、もうルンルン状態。
ユージーンには、小声で、病欠なし!逃げようと思わないで!と釘をさされた。
確かに社交界デビューをすれば、断りきれないパーティーもあるだろう。
しかし、王太子殿下主催なんて、下手して変な噂をたてられたら、一生もの。穏やかな学園生活が、修羅の日々になってしまう。
王太子殿下との晩餐は問題なく終了し、翌日迎えにきた王家の豪奢な馬車で、殿下は王宮へ帰っていった。
散々ごねていたリリアンヌだが、
考え抜いて、ある境地へいたった。
主人公の攻略対象と交流を深める気なんて、さらさらないが、同国の人間であれば多少は関係性がないとおかしい。
もちろん、主人公達のラブゲームに一切絡む気はないし、ひっそりと過ごすつもりだが、社交の大好きな人間の集まりだ。
同じ理由で日々誘われたら、たまったもんじゃない。
ここはひとつ、ロクな会話も出来ない、つまらない女を印象付けておいて、誘われない方向へ持っていく努力も必要なのではと考えた。
ドレスに関しては、流行など無視して、シンプルで目立たない地味なやつでゴリ押しした。
お父様にいたっては、背中がばっくり空いて、胸のところに申し訳程度のレースが残っている露出狂みたいなドレスを似合うと思ってーなどと言って持ってきたので、明後日の方向へ殴り飛ばしてやろうかと思った。
こうして、憂鬱なコンパニオンパーティーの日は、あっという間に来てしまった。
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初めて訪れた王都は、それはそれで大きな所だった。
下町にはたくさんの店が立ち並び活気があったし、貴族街は立派な家がたくさん並び、それらを見下ろすように、白亜の王宮が聳え立っていた。
「僕のエスコートで会場に入るでしょ。デビュー前の令嬢は特に紹介はないと思うから・・・。殿下は忙しいから運が良ければ言葉を交わす事が出来るけど、王族の方々に気軽に話しかけちゃだめだよ。それから、他のご令嬢に何を言われても笑顔で流して・・・」
「もう分かったわよ。さっきから同じことばかり言わないで」
ユージーンは道中もそわそわとして、全く落ち着きがなかった。
明らかに緊張している人がいると、こちらまで移ってしまうので、ユージーンの方は見ないようにしておこう。
今日のために仕立てたドレスをながめてみた。濃い色は妖艶っぷりを醸し出してしまうので、色合いはレトロなクリーム色、胸元は谷間が見えないようにしっかりと鎖骨の辺りまで布地がある。どうしたって胸の大きさは隠せないので、細かなフリルをあしらって変に強調しないようにしている。
下は腰のくびれの辺りで、自然な広がりをみせて、ストンと下まで落ちるようになっている。もちろん、お尻が目立たないようにだ。
ドレスの裾には金糸を織り込んだ、花の刺繍がほどこされていて、シンプルな中にも、高級感のあるドレスに仕上がった。
ちなみに髪の毛も編み上げて頭の上でまとめた。装飾品は極力少なく。
(今はくどいくらい凝ったデザインの豪華なドレスが流行らしいから、目立たなくてちょうどいいや)
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パーティー会場には、たくさんの人が集まっていた。
赤や緑に青、原色のド派手なドレスから、ピンクのフリフリお姫様ドレス、様々に着飾ったご令嬢達が、会場の外からすでに、話に花を咲かせている。
「姉さま、あまり、キョロキョロしないで!」
「だって、初めて王宮に来たのよ。貴方は通学しているから珍しくもないだろうけど」
「僕だってここまで入ったのは初めてですよ。只でさえ姉さまを連れていたら目立つのに・・・」
そういえば、さっきから至るところから視線を感じる。新顔の洗礼ってやつだろう。暫くすれば、飽きて他の話題にうつるだけだ。
会場に入ると、ユージーンは早速、学友達に声をかけられた。
みんな集まっているから来てくれなんて言われていたので、私の方は付いていくようにすすめた。
ユージーンの付き合いを邪魔するような事はしたくない。
まぁ適当に声をかけられたら、ダンスの相手でもしようかと思ったが、いっこうに男性からチラチラと目線を感じるが誘われることはない。
「ちょっとよろしいかしら」
お菓子をつまんでいたら、女性から声をかけられた。
「私はクラリス家の長女、ローリエ・クラリスと申します」
焦げ茶色の長い髪をクルクルと巻いた可愛らしい令嬢が立っていた。
リリアンヌと同じくらいの歳に見える。
「初めまして。ロロルコット家の長女、リリアンヌ・ロロルコットと申します。」
「まぁ、ではやはり、ユージーン様のお姉様ね。今日はリリアンヌ様のお話でもちきりよ。今まで、こういったパーティーには参加されなかったのかしら」
(キター!ご令嬢方の噂話)
思わず身構えたが、不自然でないように笑顔を作る。
「ええ、8歳の時に大病をして以来、体の調子がなかなか戻らなかったので、どうしてもという場合以外は、参加することは遠慮させて頂いておりましたの」
「まぁ、では、本当にお屋敷からあまりお出にならなかったのですか?」
「そうでございますね。あまりではなく、ほぼ引きこもりでございます」
「はぁ・・・」
口をぽかんと開けたローリエは、何やら納得できない様子で、リリアンヌを上から下までながめる。
「あの・・・何か・・・?」
「リリアンヌ様!ちょっとこちらへいらしてください」
そう言ってローリエは、リリアンヌの腕を掴んでぐいぐいと引っ張って、人気のない壁際に追い込んだ。
(何!?何なの!?この娘強引すぎ。平手打ちでもくらうのかしら)
「嘘を仰らないでください。そのプルプルのお肌。濡れた瞳にねっとりとした唇!どう見たって、百戦錬磨の恋愛クイーンじゃないですか!!」
ローリエは声は抑えているが、有無を言わせない目力で、すごい迫力で問い詰めてきた。
「ええと・・・」
「だいたいそのドレス、体のラインを拾わない作りでシンプルにして誤魔化そうとしているように見えますが、そのはち切れそうなお胸とお尻は、殿方に育成されたようにしか見えませんことよ」
「そんなー、自家製でございまして・・・」
「殿方達がリリアンヌ様をダンスに誘わないのは、どう見ても自分より強そうな肉食獣に、手を出せずにいるのですよ」
「さぁ!白状して、私にも手練手管をご伝授いただけないかしら」
まさかの弟子入り希望だったとはびっくりだが、これ以上まとわりつかれても迷惑なので、それならばと、黙らせる事にした。
「ローリエ様、信じないと思うけど、私は処女よ!」
「しょっ・・・!!」
突然の生々しい発言に、ローリエ嬢は顔を赤くして言葉を失った。
「それどころか、言わせてもらえば、お父様以外の異性と手を繋いだ事もないわ。完全な箱入り娘ですが何か?」
ローリエは目をぱちくりさせながら、止まっている。まだ言葉が出てこないようだ。
「というか、普通の貴族のご令嬢なら、結婚するまでピュアなのは、当たり前なんじゃないの?」
(はい、静かになったー!)
リリアンヌは心の中でガッツポーズをした。
すると、堪えきれないというように、ローリエの顔はプルプルと震えだし、やがて、涙目で笑いだした。
「あーっはっはっはははは、嘘!嘘でしょ!え?本当なの!えー傑作なんですけどっ、ははははははっ」
静かになるどころか、うるさすぎて注目を集めてしまっている。
「ちょっと、ローリエ様、いい加減に・・・」
「そんな、わがままボディで、しょっーーぐっ!うううう」
いくらなんでも大声で宣伝されるのは勘弁なので、慌ててローリエの口を塞いだ。
『・・・ごめんしゃしゃひ、だまりまふ』
「勝手に噂話するのはどうでもいいけど、目の前でやるのはやめて!」
「はぁはぁはぁ・・・、ちょっとリリアンヌ、貴方面白すぎるわ。いい友達になれそう」
もうお互い敬語や敬称も忘れている。
「ローリエこそ、由緒あるクラリス公爵家のご令嬢が、そんな大口開けて大笑いするなんて大丈夫なの?周りの殿方ドン引きしてるけど」
ローリエ目当てに近づいてきていた男性達が、回れ右して離れていく様子が見える。
「かまわないわ。もう心に決めた方がいますし。その人だけに好かれればそれでいいもの」
トクンと心臓がなったように思えた。
ローリエの真っ直ぐな思いが眩しく見える。
「そう、そんな風に恋が出来るって素敵ね」
「あら、ひきこもり令嬢さんは、想いをよせる方はいないのかしら?」
「いないわ。恋愛なんて考えたこともない」
「・・・まさか、最近増えているという、同性同士のその・・・」
ローリエが言おうとしているのは、男性でなく、女性が好きなのかということだろう。
確かに透哉であった時の恋愛対象は女性だった。好きなアニメの女性キャラに夢中になったり、ネクラボッチだったが、学校に密かに憧れていた女の子もいた。
リリアンヌになってからは、男と付き合うなんてごめんだと思っていたが、立場上、政略結婚を強行されたら仕方がないとも考えていた。
自分の気持ちについては、考えないようにしていたとも言える。
リリアンヌとして女の子を見て、可愛いなと思うことはあるが、それが恋愛かと言われれば、違う気がする。
「んーーーー、正直なところ、分からない。だって、初恋もまだだし」
「こっ・・・これは、重症だわ。それだけ完璧な重装備で、戦場未経験とは・・・」
「なんだかすごく盛り上がっているね。」
突然横から誰かが参戦してきた。どこかで聞いたことがある声だと思えば。
「フェルナンド殿下!!」
濃紺で金の刺繍がほどこされた、豪華ないかにも王子様という服をまとって、黒髪の美青年が立っていた。
リリアンヌもローリエも慌てて、挨拶のポーズをする。
「少し聞こえたけど、戦の話?ご令嬢方が話す内容としては珍しいね」
「戦と言っても、男女のーーぐっお!イタ!」
ローリエに殿下から見えない位置で、肘で小突かれた。
「きっ!騎士団の方々の功績について話しておりました。国を守るということは、大変名誉で素晴らしいことですわねと、そうですよね、リリアンヌ?」
笑顔を貼り付けたまま、こちらを見たときのローリエの目が怖すぎる。
「は・・・い、そうでございます」
「そうか、騎士団の連中が聞いたら喜ぶだろうな。ところで、ローリエ嬢とリリアンヌ嬢は親しかったの?」
「初対面ですが、刺繍や編み物のお話で気が合いまして、仲良くなったのですわ」
「それは良かった。あぁ、ローリエ嬢、父上のクラリス公爵が探していたよ」
「まぁ、それはわざわざお伝えいただきまして、ありがとうございます。リリアンヌ様、とても楽しかったから、近く連絡させていただきますわ。また刺繍の話をしましょう。オホホホ・・・」
心なしか足取り早く、ローリエが去っていき、フェルナンド殿下とリリアンヌだけが残るかたちになった。
(気まずい、早く行ってくれないかな)
「リリアンヌ嬢、先日は急な訪問で迷惑をかけたね」
「いえ、そんな、王太子殿下のためとあらば、喜んでお世話させていただきます」
「ふふっ、ありがとう。では、ぜひ、私と踊ってくれませんか」
「わっ、私とですか。えっ・・・その」
まさかのダンスのお誘いに、思考が追い付いていけず、フリーズしてしまったリリアンヌだか、殿下は構わず手をとって、ありがとうではこっちですよーなんて言ってホールに連れてきてしまった。
「あっああの・・・」
「ワルツは踊れる?」
「はい、一通りは・・・」
殿下が楽団に声をかけて、音楽が始まった。
体を動かす事は好きで、毎日真面目にレッスンをしていたので、問題なくステップを踏める。もちろん、殿下のリードが素晴らしいのではあるが。
「へぇ・・・、なかなか上手だね」
「お褒めいただき光栄です」
ダンスも終盤にさしかかり、いっそう密着するかたちになり、変な汗が出てきた。
「ねえ、リリアンヌ。ずっと不思議だったんだ。君はこんなに魅力的なのに、どうして浮いた噂がひとつもないのか」
殿下は密着を利用して、耳元でささやくように話しかけてくる。
(ちょっ、なにこの人!?この声、反則だろー!)
体がしびれるような低音ボイスに、リリアンヌの顔は真っ赤になる。
「まさかね。君が、初恋もまだのピュアな人だったなんて」
ドッキーン!
心臓が飛び上がったように震えて、足がもつれた所を、抱きすくめるようにして抱えられ、ちょうど音楽が鳴りやんだ。
「きめた、君は俺がもらう」
殿下はリリアンヌの耳元でそっと囁いた。
ワァーーーー!!!と、見事なダンスを披露した殿下とリリアンヌに拍手と歓声がおこった。
「フェルナンド殿下!次は私と!」
「いいえ!私です!」
いっせいに次のお相手になろうと令嬢達が群がり、リリアンヌはあっという間に押し出された。
背の高い殿下は頭ひとつ出ているので、パチッと目が合うと、口の端だけ上げて軽く笑い、ウィンクしてきた。
ゾーーーーー!!
鳥肌が立ったリリアンヌは、フラフラと壁の方へ避難した。
(なに・・・なにこれ?フラグ?えっ・・・ゲームでも、もともと二人は付き合ってたって事?)
確か、フェルナンドルートでは、フェルナンドを好きになる主人公と、サファイア王国の公爵令嬢がライバル関係になるはず。その公爵令嬢は、製作陣の手抜きなのか、アルフレッドルートでもライバルになる。
そして、公爵令嬢のとりまきの一人がリリアンヌなので、フェルナンドルートでも公爵令嬢を応援する立場だ。
主人公をいびりたおして、王子に近づかせないようにする。
元恋人とかの裏設定?
それとも殿下の・・・筆下ろしの・・・。
(いや、まさか、ね)
パーティーは大盛況のまま終了した。
ただ一人、得体の知れない寒気に怯えるリリアンヌを除いて・・・。
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リリアンヌさんは、その見た目で勘違いされやすいです。
中身はまだまだ少年だったのですが、
だんだん成長していく予定です。