⑩婚約のご報告
雲ひとつない晴天。
アレンスデーン王国の奥宮にある国王専用の謁見室に、フェルナンドとリリアンヌは呼ばれた。
金の装飾がされた、豪華絢爛な部屋で、フィリップス国王陛下と、メリーアン王妃殿下は、一段高い場所に並んで立っていた。
フェルナンドが先に入室し、名前を呼ばれてリリアンヌも部屋に入った。
国王陛下は、初老で優しそうだが、目力の強さを感じる方で、妃殿下はまだまだお若く黄金色の真っ直ぐな長い髪に、深い緑色の瞳をしていて、美しい方だった。
妃殿下は体が弱く、奥宮から出ることも少ないと聞いていたが、今日は顔色も良さそうだ。
まずは、挨拶と礼をして、陛下の言葉を待った。
「よく来てくれた、リリアンヌ。ロロルコット伯爵とは狩猟仲間でね。昔はよく森にも一緒に出掛けたのだよ」
陛下は、低くてよく通る声をしていた。リリアンヌの方を見て目を細めて微笑んだ。
「エイダンとも仲良くしてくれているようで、嬉しいわ。私はすぐ体を壊してしまうので、あの子の相手もしてあげられなくて、寂しい思いをさせているから。あなたが来てくれてから、あの子の雰囲気もずいぶん変わって、明るくなったわ。ありがとうリリアンヌ」
王妃殿下は、落ち着いていて、品の良い美しい声でお話になった。
「もったいないお言葉でございます。大変嬉しく存じます」
「父上、今日参りましたのは、既に手続きはすんでおりますが、二人の婚約の報告でございます。学園の関係で遅くなってしまったことを、お詫びさせていただきます」
「ああ、私の方は異論はない。常日頃から、お前の選んだ相手であれば良いと言っておったからな」
「美しい方ね、フェルナンド、良い方を選ばれたのね。私も嬉しいです」
「ありがとうございます。メリーアン様」
親子の会話がなされている横で、リリアンヌは緊張で心臓が飛び出そうだった。
ちらりと横を見れば、フェルナンドはいつもと違い、落ち着いた余所行きの顔で、よけいに緊張が高まった。
「それでだ、リリアンヌ」
「は!はい!」
陛下の矛先がこちらに向いたので、緊張で声が裏返りそうになったのを、なんとかごまかした。
「貴族にとって結婚というものは、家と家の繋がりであり、本人たちの意思など関係がないというのが、長らく続いてきた考えだ。今もそれで成り立っていることは否定しないし、もちろん、良い部分もあるとは思う。ただ、息子に相手を選ばせたのは、私自身、自分の思いに後悔があってな、やはり、想う相手と結ばれる事が、二人の幸せであり、国の幸せに繋がると思うのだよ」
「はい」
「リリアンヌ、あなたは、息子を愛しているのかな」
陛下の質問で部屋の空気が変わった。
これこそが、リリアンヌもエミリーもすっかり抜けていて、ロイスは簡単だと言った、親として、相手に求める質問であった。
リリアンヌは昨晩から悩み続け、心を決めてきたのだ。
「私は、フェルナンド殿下をお慕いしております」
陛下の目を見て、ちゃんと答えなければいけないと、自分を奮い立たせた。
「私にとって、婚約は予期せぬ事で、目立たぬように生きたいと願っておりましたので、初めは困惑しました。しかし、フェルナンド様の人となりを知り、いつしか、隣に立ち、同じ世界を見て同じ悲しみを分かち合い、同じ喜びに心を踊らせたいと思うようになったのです」
まだ言葉を言いきらないうちに、隣から物凄い熱視線を感じたので、思わずチラッと見てしまうと、既に目に涙を浮かべているフェルナンドと目が合った。ちょっと焦ったが、気を取り直して、言葉を続けた。
「私自身、愛というものが、まだ完璧に理解出来ていないのですが、フェルナンド様のために、生きていきたいという気持ちは本当です」
さぁ、この言葉で終わりだ!と気合いを入れた。
「陛下!私に息子さんをください!」
その一言で誰もが言葉を失い、部屋の中は完全な静寂に包まれた。
(あれ?…おかしい?…誰も喋らない…私、何か間違えた?え?え?やばい、完全にだめなやつだ、終わった、もう終わりだーー!!)
「…リリアンヌ」
「…はい」
陛下に名前を呼ばれたが、何を言われるか怖くて前が見れない。
すると、何やら周りがざわざわしてきた。
部屋の横で控えている者達が、陛下陛下とざわついている。
恐る恐る顔をあげると、陛下の顔には目から大量の涙が流れていた。
(ひぃっ!おいおい、親子揃って!)
「リリアンヌ…、私は、感動して…止められない。こんな息子で良かったら、100人でも200人でも、貰ってくれーーー!」
「いや、そんなには…」
「リリアンヌ!そんなにも私の事を!もう途中から聞いていられなかった!」
フェルナンドが飛び付いてきて、抱きしめられた。
「ちょっと!フェルナンド!こんなところでマズいって!」
「リリアンヌ!私もいいだろうか!」
「良くないです!陛下!しっかりしてください!」
陛下がまさかの参加を表明したので、おいおいジジィと心の中でドン引きしていたら、ロイスがグットタイミングで止めてくれたので命拾いした。
「……まったく。男の人が涙もろいのが悪い訳じゃないですけど、立場的に、この二人が泣いているってどうなのかしら。ねぇリリアンヌ?」
王妃から冷静なキラーパスが飛んできて、そうですね、困りますねーなんて言ってごまかしたけれど、ますます自分の答えが正解だったのか分からなくなってきた。
婚約のご報告は、泣き出す者2名、呆れる王妃と、放心状態のリリアンヌで、滅茶苦茶になったが、ロイスが上手くまとめて無事終わった。本当に、出来る人がいて良かった。
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フェルナンドは政務の事で陛下と話があるらしく、そのまま残り、私は先に部屋へ向かった。
戻る途中で、追いかけてきたロイスに、呼び止められた。
「及第点ですね」
「え?」
「私が婚約者としてのあなたを見定めると言ったことです。規格外ですが、まぁ良しとします。というか、今、あなたの婚約破棄を陛下に勧めたら、私のクビが飛びます」
「え…そんなことは…」
「種明かしをすると、まぁ、婚約した令嬢にいきなり、王妃の資質があるかないかみたいなのは、酷ですから、そんなものは、これから覚えていただければいいのですよ。私が重要視していたのは、殿下への気持ちです。手紙のやりとりもそうですが、それがいまいち見えてこなかった事が、一番の懸念事項でした」
「気持ち…ですか」
「それが今日聞けて良かったです。安心しました」
(そうか、ロイスはフェルナンドの事を思って、ちゃんと考えていない令嬢だったら反対しようと思っていたのか…なんだ、良いやつじゃん!)
「個人的には婚約破棄されても良かったのですが」
「ムっ…!ちょっと良い人だと思ったのに!婚約破棄されたら、没落決定ですよね!覚えてますよー!」
「そうなったら私が、干からびたもやしを拾う役目になります」
「え?なんですかそれ?」
冗談ですよと言いながら、ロイスは微笑を浮かべて戻っていってしまった。
「えー…、本当…よく分からない人だ…」
とりあえず、ロイスの試験はパスしたらしい。それは、喜ぶべきことだ。
パーティーを成功させることが、次の目標だ。
残り少ない日程で、自分が取り組むべきこと。
フェルナンドに恥をかかせたり、みんなに迷惑をかけないためにも、自分がやるべきことはちゃんとやろうと、兜の緒を締めなおす、リリアンヌであった。
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