②裏切りの宴
午後を過ぎて、状況は生徒達にも伝わるようになってきた。
学園には何ヵ所か食堂があり、その一つ、ユージーンが働いている食堂の厨房のすみで、リリアンヌとユージーンは食事をとっていた。
各食堂では、食事が提供されているが、この食堂は教職員用になっていて、皆忙しくしているので、食堂はがらんとして人も少ない。
ちなみに、二学年の校舎は完全に独立しており、宿舎や食堂などの設備が併設されている。備蓄もたっぷりとあるので、籠城しているジェイド達も、困ってはいないだろう。
「ハメられたんだよ」
色々と走り回って聞き込んできてくれた、ユージーンの調べでは、怪我をしたのは、アレックス・グリーン。幸い命は助かっているが、剣で何ヵ所も斬られて重傷。
意識はあるが、目隠しをされて監禁されていたのと、殴られて意識が朦朧としていたため、記憶がはっきりしない。
王子二名に、アレックスを殺害しようとした容疑がかけられている。動機は学園の会計の不正をめぐる問題で、王子二名が不正に関わっており、帳簿を管理していたアレックスを消して証拠隠滅を企てたとされた。
王子二名の部屋からは、不正に使用したとされる金銭が入った箱が発見されている。
そして、何より、この事件の目撃者がいることが、二人の立場を悪いものにしてしまった。
「…エリーナ」
恋人のアルフレッド王子を心配して、道具室に忍び込んだエリーナは、二人がアレックスを切りつけ、殺害しようとしたところを目撃して、悲鳴を上げた。
人を殺そうとするなんて、いくら恋人でも、耐えられなかった。
騎士団にそう証言したのだ。
「間違いない。いつからか分からないけど、エリーナは信者だったんだ」
ユージーンが悔しそうに呟いた。
フェルナンドとアルフレッドは、騎士団の塔に捕らえられている。王子と言えど、いつ出てこられるか分からない。
「これで邪魔者はいなくなったってわけね。そして、こちらは私とユージーンが残った…」
二人して顔を見合わせて、絶望の声をあげた。
「なんで、僕たちだけなんだー!とんちんかん姉弟じゃ全然戦力にならないよー。せめてローリエ様がいてくれたらぁぁ」
「なによ!私じゃ頼りないの!?だいたい、ルカリオ様とフレイム様はどうしたのよ!」
ルカリオは事件直近の話し合いでも、姿がなかった。フレイムは、ずっと食堂でお茶を飲んでのんびりしている。
エリザベスは、ショックで寝込んでしまった。
「ルカリオ様は分からないよ。別で動いていると思う。フレイム様は…もう…期待しない方がいいと思う」
二人して深くため息をついた。
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事態は急速に動いた。ここまで準備されていたのだろう。
午後になって、二学年校舎が騒がしくなった。ついに、信者達が動き出した。
占拠していた校舎から出て、職員棟に乗り込み、まず教師達を黙らせて、残った生徒を中庭に集めた。
「今日起こったことは、悲劇です。学園の法でもある、生徒会長とサファイアの王子が罪を犯すという学園始まって以来の悲劇です。この苦難の時、我らが真の王が、この学園を救うべく、立ち上がりました」
まず、司会役の生徒が話して、信者達は歓声を上げた。拍手と喝采に迎えられ、檀上にジェイド・クラフトが立った。
(やっと、お出ましかよ)
深いブルーの髪は風になびき、整った顔には妖しい美しさが漂っている。令嬢達の歓喜の悲鳴が飛び交った。
「皆さん、今この事態に不安なことと思います。私はあまり前に出るのは好きではないのですが、この学園を愛する一生徒として、学園のために立ち上がる事にしました。まず、学園の法を変えて、選ばれし本当の貴族がより快適に生活できるようにする事をここに誓います」
校舎の窓から、隠れて聞いていたが、あまりに歓声がうるさくて、手で耳を塞いだ。
「ちょっとあの、キャーキャー声、どうにかならないの!?私がジェイドだったら、もうあの声聞いただけでやめるわ、こんな事」
「僕も。みんな我先にジェイド様に、自分を見てもらおうと、令嬢同士で叩きあってるし、目が血走っているよ。怖い…女性不信になりそう」
たくさんの窓に面した中庭は、演説するにはちょうどよい場所なのだろう。
周りに集まる者もいれば、同じように窓から恐る恐る覗いている者も多い。
二学年の校舎から出てきた者達の中に、ローリエがいないか探したが、やはり姿は見つからなかった。
「見て!姉様、あのジェイド様の後方、影のように立っている男がいるでしょう。かなり立派な体躯の!」
リリアンヌ達はちょうど上から見ているので、ジェイドの背後もよく見える位置にいた。
がっしりとした体つきに、目付きは鋭く、顔に傷がある男だった。一目でただ者ではない雰囲気があった。
「あの男はジェイド様の乳兄弟のライル。王族同士の殺し合いになった、クラフトの内戦を終わらせたとして有名な剣の使い手で、王殺しと言われているやつだよ」
「王殺し!?」
「本当かどうかは分からないけどね。ジェイド様も、何度も殺されそうになっているはずだけど、全部あの男が守っているみたいだよ。言っておくけと、僕や姉様なんて瞬殺だからね、絶対に近づいちゃだめだよ!」
「わっ分かったわよ。そんな怖い人に近づかないわよ」
そっとライルという男の方を見てみると、気のせいか目があってしまったようで、慌てて窓の内側に隠れた。
(こわっ!怖すぎ!誰よあんなキャラ設定したの!?)
演説が終わり、檀上から降りたジェイドの側に近寄る女がいた。
(…エリーナだ)
ジェイドの側にぴったりと張り付き、腕に絡み付いて、満面の笑みを浮かべている。
(そうだ。早く気がつくべきだった。単純に、アルフレッドルートであれば、ジェイドは出てこない。ジェイドが出てきたという事は、エリーナはシークレット、ジェイドのルートを選択したのだ)
¨新設ルートはアルフレッドが可哀想なのよ!だって、アルフレッドを攻略しつつ、途中で乗り換えないといけないから¨
(アルフレッド命だった蘭はそんな事を言っていた)
「ねぇ、ユージーン。今悪役がそこに勢揃いしているって事は、これってチャンスじゃない?」
ジェイドと信者達は、舞踏会に使われる会場で盛大に宴を開くらしい。参加できるのは、上級貴族のみという制約つきだが、みんなが集まってくれるなんて、これは完全なチャンスだ。
「ふふふっ、ローリエを助け出すわよ!エリーナの手引きで、ローリエは捕らえられているに違いないわ」
「まっっ待ってよ!姉様、二年校舎に乗り込むの!?無茶だよ!殿下に大人しくしておけって……」
ユージーンは真っ青になって止めてきた。
「それよ!みんなして私に大人しくしろ、無茶はするなって言ってきて、その結果がこれよ!みんな捕まっちゃったじゃない!!」
おかしい話だ。完全にやつのシナリオ通り。ある程度あえて乗ったとしても、してやられ過ぎだ。
「私達は非力で何も出来ないと思われていて、全くのノーマークよ。この混乱に乗じてローリエを奪還する!久々に私の拳の出番よ!」
「ひーん!誰か止めてと言いたいのにー誰もいないー僕には無理だー」
泣き出すユージーンを引っ張って、二年校舎に潜入する事にした。もちろん、正面突破は無理なので、近くで様子を見ながら、暗くなるのを待って忍び込むことにした。
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次回とんちんかん姉弟頑張ります!