⑳心に咲いた花
始まりは一人の生徒が、教師に放った一言だった。
「先生、どうしてそんなつまらない授業しか出来ないんですか?」
すると、何人かの生徒がそれに賛同した。
「全くだ。私は公爵令息だ。もっとまともな授業が出来なければ、訴えるぞ」
「どうして、男爵家の人間と同じ扱いを受けなければならないんだ!配慮出来ないなら、授業を出来ないようにしてやる!」
次々と教師を叱責し、暴言をはき、授業を妨害し始めた。
それが、一つのクラスではなく、全ての学年のクラスに波及し、女子のクラスも例外なく、授業を妨害する者が出てきた。
教師達は慌てた。彼らも貴族出身であるが、ほとんどが下級貴族の爵位が継げなかった者が多いので、権力を持ち出されると、怯えて従う者も出てきた。
しかし、ここで動くべき学園の法である生徒会には、新たな問題が出てきてしまったのだ。
「運営資金の不正使用!?」
「しぃーーー!!!声が大きいわ。どこで誰が聞いているかも分からないのよ」
まともな授業にならず、教師達は対応に追われ、教室は自習扱いで、残った生徒達が適当に勉強をしている状態だった。
ボイコットした生徒達は、ジェイドを真の王として、学園の統治権を譲るように訴えて、二年の校舎に集まっている。
残っている生徒の中に、ジェイドの信者が紛れ込んでいる可能性は高い。
リリアンヌとローリエは教室の後ろに集まり、状況を確認していた。
「まずい事になっているわ。生徒会の人間が運営費を横流しして、自分の懐に入れたとか、特定の業者から、金銭をもらって、生徒会事業に優遇して採用されたとか。もう次々と証言者や証拠が出てきて、ボロボロよ」
ローリエは周りを窺いながら、声をひそめて話した。
「急にそんな話?このタイミングで仕掛けてくるのは、ジェイドの仕業ってこと?」
生徒会の方が騒がしくなってから、危険なので近づかないように言われていて、ここ数日、フェルナンドとは会えていない。
「殿下がそんなお粗末な会計に気付かない訳がない。証言や証拠は間違いなくデタラメ。しかし、作られた物でも、それを証明していくには、それなりに時間と手間がかかるのよ。そのうちに、ジェイドの信者は増え続けている。やつの狙いはそれね」
二人して頭を抱えた。助けようにも、どう手を出していいのか分からない。
「ここまで、ジェイドの筋書き通りだとして、次はどう出ると思う?」
「アルフレッド様よ」
「え!?不仲だから?」
「二人の間には因縁があるの。王族と一部の貴族しか知らないけれど、目的はそれでもあるはず」
ローリエに手招きされて、リリアンヌは顔を寄せた。ローリエは耳元でそっと話した。
「お二人はご兄弟なの」
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「母はサファイアの王女で、クラフトに嫁いだが、国内の紛争に巻き込まれた。命の危機を感じ、クラフトを脱出した。その際、俺は母のお腹にいて、ジェイドはクラフトに残された」
談話室に集まったのは、アルフレッド、ルカリオ、フレイム、エリザベス、エリーナ、ローリエ、リリアンヌ、ユージーン。
知らない者もいるだろうからと、アルフレッドが、ジェイドとの因縁を話し始めた。
「サファイアは母の兄が継いでいたが、兄夫婦には女子しか生まれず、伯父は落馬をして子供を成す事が出来ぬ体になってしまった。そのため、王位は今のところ、俺が継ぐ事になっている」
そういうところも気に入らないんだろうな、アイツはと、アルフレッドはため息をついた。
「向こうは、着実に信者が増えてきている。やつが表舞台に出てくるのも時間の問題だろう。我々に出来ることは、失踪した生徒会の会計係を探すことだ」
それは、私がとルカリオが手を挙げた。
「会計係はアレックス・グリーンと言って私の国の子爵令息だ。真面目な男でフェルナンド様の信頼も厚かった。アレックスが帳簿とともに失踪してしまった事で、事態は難しくなっているんだ」
幼い頃からの遊び相手で、アレックスが不正などをするはずがないとルカリオが悔しそうに言った。
「失踪と言うと、外部に出てしまった可能性はないですか?」
ローリエが言うと、ルカリオは首を振って否定した。
「知っての通り、学園は高い塀に囲まれて周りは切り立った崖、出入口は正門しかない。正門は騎士団によって厳重に管理されている。人の出入りや、荷物まで点検される。アレックスが出ていった記録はない」
「となると、二年の校舎にいる可能性が高いのでは…」
ユージーンも恐る恐る意見を述べた。
「二年の校舎は、明らかに危険だから俺とルカリオで探る。ローリエ、リリアンヌ、ユージーンはこちらの校舎で怪しそうな所を探してくれ、エリザベスはエリーナと一緒にいて欲しい」
皆それで納得して、それぞれ動き出すこととなった。
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(なんだろう、もやもやする)
心に灯った火が、ユラユラと揺れ続けている。不安定な道を歩きながら、その火を消さないように必死でもがいているような感覚だ。
(なんなんだよ、これ)
「リリアンヌ」
部屋を出ていこうとしたところを、アルフレッドに呼び止められた。
「いや、その、フェル兄がさ、お前のこと心配していてな」
心臓がトクンとなった。
「フェルナンドは元気ですか?体調など大丈夫ですか?」
「あぁ、とにかく次々と問題が起こるから、頭から火を出して走り回っているよ」
アルフレッドは、大袈裟に言って和まそうとしてくれているらしい。
「そうですか…少し安心しました」
「…そんな顔して笑うなよ」
「え…」
突然投げかけられた言葉の意味が分からず、自分の言葉は喉の奥で止まってしまった。
「突然会えなくなってしまったんだ。そりゃ不安になるだろう」
アルフレッドに慰められるように頭を撫でられた。
「無茶はしないように。早く片付けて、会えるように頑張るからって、伝言だ」
何かが頬をつたっていく、真っ直ぐに流れて、胸の上にポタリと落ちた。
(なにか…なにか言わないと、分かりましたとか、頑張ってくださいとか……私は…)
「私は…寂しいですとお伝えください」
アルフレッドが驚きで目を見開いた。
「ちょっ、おまっ、それ言ったら、フェル兄、学園全部燃やしちまうよ」
なんて事を言ってしまったのか。自分で自分の発言に驚いてしまった。
「でも、まぁー、うん。今は良い薬になるかもしれない」
アルフレッドにワシャワシャと髪をかき混ぜられた。
「リリアンヌ?まだー?って!?ええ!?」
リリアンヌが遅かったので、探しに戻ってきたローリエが二人を見て驚きの声を上げる。
「ちょっと!!どういう事でしょうか!!アルフレッド様!よくもリリアンヌを泣かせてくれましたね!」
「んあ!?違うって!これは!えー…とこれは」
「ローリエ、ちょっとフェルナンドの事を教えてもらっていたの、大丈夫よ」
さすがにアルフレッドが可哀想なので、フォローしておいた。
「ははーん。なるほどねぇ…理解したわ」
「ゴボンっ…とにかく、二人とも無茶はしないように、危ないと思ったら、深追いせずに伝えてくれ」
「ええ」
「分かりました」
(まさか、アルフレッドに励まされるとは…、でも心のもやもやの正体が分かって、少しスッキリした)
(寂しいって…こんな気持ちなんだな)
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アレックス・グリーンの捜索は速やかに行われた。
全ての部屋を確認したが、リリアンヌ達のグループは、やはりアレックスを発見できなかった。
「私がジェイドなら、アレックスは、二年の校舎で手足を縛って幽閉しておくわ」
ローリエの意見に、リリアンヌもユージーンも同感だった。
アルフレッド達の調査に期待するしかなかった。
空振りに終った悔しさを抱えながら、リリアンヌは一人教室に残っていた。
ローリエは調べることがあると行ってしまったし、エリーナとエリザベスはすでに宿舎へ戻っている。
「リリアンヌ・ロロルコット様」
知らない生徒だった。
見たことのない男子生徒。
いつの間にか後ろに佇んでいた。
こちらが、声を出す前に、懐から紙を取り出した。
「真の王より招待状です」
金の花の文様でデザインされた、美しい便箋だった。
「え?これ?私に…?」
手渡されたものを確認して、顔を上げると、すでにその生徒は消えていて、教室には、リリアンヌだけが残っていた。
「真の王からの手紙……、まるで主人公のルートだわ」
誰もいない教室に、リリアンヌの声がそっと響いた。
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丸文字の数字が20で終わりだと今さら気づきました。しょんぼり。書式が変わります。。。