奇妙な噂
僕らの読みが甘かった。
全ての原因はこの一言に集約出来る。男性と面と向かって出会い、手を伸ばされただけで、ここまで取り乱すとは、思っていなかった。
真白は強かな人間だ。自分の事は自分でするし、目標を決めたらそこにひた走るだけの胆力も根性もある。
他人に目をかけるし、しっかりと声をかける心配りも出来る。よく出来た人間。これが真白が受ける大体の評価だと思う。少なくとも、僕はこの数ヶ月で真白に対してこのように評価している。
故に、今回の件に関して、僕らは判断を誤った。
「ここまで、とはね……」
ようやく落ち着いた真白をベッドに寝かせ、医師からの診断と処置を改めて受けた後に光さんが、ドッカリと1人がけのソファーに身体を沈めて、天井を仰ぎ見た。
その表情には、強い疲労の色が窺える。同時に後悔の感情も滲み出ていた。
「……すまない、軽率な事をした」
「お義父様は、悪くはありません。ただ、軽率な行動だった事は、否定は出来ないです。こうなる事を予想出来なかった私達も同じく軽率だったと思います」
項垂れるように頭を下げるのは、図らずも今回の真白のパニックを引き起こしてしまう原因になってしまった玄太郎さんだ。
それを否定もせず、肯定もせず、この場にいた全員に非があると千草ちゃんは答えた。
僕もそう思う。当の本人である真白と、まだ子供の墨亜ちゃん以外の全員に、今回の件の責任があるだろう。
精神的に強い、真白におんぶに抱っこをしてしまった。真白なら、大丈夫だと思った。
そんな浅はかな考えが、真白を苦しめる結果になってしまった。
「ASD(急性ストレス障害)……。そうよね、どんなに強い子でも、自分より大きな男性に一方的に襲われたら、怖いに決まってるわ……。予想出来ていたのに、なんで、大丈夫だなんてそんな勝手な事を……」
急性ストレス障害。Acute Stress Disorderと呼称されるそれは、所謂トラウマによる心的外傷により、トラウマの原因になった体験の追体験によるパニック。
不眠や鬱、過度な回避行動を引き起こしてしまう、精神障害だ。
今回の真白が引き起こしたのは、男性から手を伸ばされると言う行為をトリガーにした、典型的なフラッシュバックと、それによるパニックだった。
「申し訳ありません。私がしっかりと真白様の状態を気にかけていれば……」
「いや、1番付き合いが長いのは私だ。それに誰が悪いだなんて、犯人を作り上げても仕方ない。仮に犯人がいるなら、あの時真白を襲ったあの男以外にいないだろう」
千草ちゃんの言う通り、ここで犯人を決めても詮の無い話だ。それを言うなら、あの時の真白を守り切れなかった僕にこそ最大の責任がある
魔力が足りないなんて、言い訳だ。真白の心の奥底にある感情と、ASDなんて言う罹らなくてもよかった病気になってしまったのは、普段から身近にいる僕こそが気付くべきだった案件だ。
情け無い。相棒だと豪語しておきながら、結局は真白に自分の願望を押し付けて、無理をさせていただけじゃないか。
どんなに綺麗事を並べても、僕もやっぱり妖精だったということなんだろう。
自分勝手で、ヘドが出る。
「……真白お姉ちゃん」
「……夕食を摂りましょう。ここで嘆いていても、仕方ないわ。この子を保護するのは変わらない、良いわね?」
泣きそうな表情で、真白の手を握っている墨亜ちゃんの姿を見て、光さんも少し冷静になったようだ。
そうだね、ここで嘆いているだけなら誰だって出来る。それ以上に真白のためにできる事をそれぞれしなくちゃいけない。
皆が一旦休息を取る中、僕は率先して真白の側に寄り添うべく、ベッドに駆け上がって枕元で身体を丸める。
「まるで小さな騎士様ですね。後でご飯を持って来ますね」
「キュイ」
美弥子さんに頭を撫でられ、ご飯の用意の約束に返事を返す。その場にいた全員が少し肩の力が抜けたようで、緊張した雰囲気が少し緩いだ。
少しすると皆で部屋を出て行き、残ったのは僕と寝息を立てている真白の2人だけ。
「もう、後回しにはしてられないね。君と本当の意味で一緒に戦えるように、僕も準備をしなくちゃいけない。それが、君を魔法少女にした僕の責任と義務だ」
強い決意を胸に、僕は半端にしていたままの新しい魔法の構築に全神経を集中させる。
サポートなんて甘い事は言ってられない。本来の姿になれないなんて言い訳は要らない。
情熱の名を以って、僕は君を守る騎士になる。
そう胸に誓った。
主人公はどれだけいじめても良い。古事記にもそう書いてある。




