奇妙な噂
うたた寝をしてしまう程至福のシャワータイムを堪能した俺は、身体を温めるために、湯船に浸かっていた
「お風呂きもちーねー」
「ねー」
八月が終わりかけのまだまだ暑い時期だが、湯船に浸かるのはやはり気持ちがいい
温度は暑すぎない程度。多分39度くらいだと思う
広い湯船は全員が入ってもある程度自由が利くくらいのスペースがあり、脱衣所同様に個人宅にあるとしてはかなり大きい
その中で、俺はじゃれて来る墨亜を抱えながら、これまた足腰の立っていない俺が誤って沈んでしまわないように、千草が俺を後ろから抱えている
さながら引っ付き虫のそれだ
「まるで姉妹ねー」
「はい。仲がよろしくて大変よろしいかと」
その様子を見て、光さんと美弥子さんはご満悦そうにニコニコと眺めている
それぞれ、髪色が亜麻色、赤毛、栗色と全然違うし、顔立ちもクールビューティーな千草、色白で澄まし顔の俺、年相応の幼さが強く残る墨亜とそれぞれ全く違うが、まぁ、この団子のように固まっている状態は、仲の良い姉妹に見えなくもないだろう
「墨亜、あまり暴れるな。真白が落ちてしまう」
「大丈夫だって」
「足腰が立たない人間が何を言っても詭弁だ。ほら、墨亜大人しくしろ」
「はーい」
俺の膝の上で体の向きをあっちこっちへと忙しなく動かしていた墨亜が、千草に注意をされて少々不貞腐れながらも、渋々言う事を聞く
あまり心配され過ぎても困るのだが、一晩寝込んだ上に車椅子でここまで来たような人間に説得力は欠片もないので、いう事を聞くしかない
何だか、俺と千草の立場が逆転しつつある気がする。ぐぬぬぬ
それよりも問題なのはこの団子になっている体勢だ。千草の膝の上に俺、俺の上に墨亜と、湯船の中だから重さこそはあまり感じない物の、その、後頭部に当たる柔らかい感触が、非常に問題だ
そもそもに、視界の肌色面積が多過ぎて、どこに視線を向ければ良いのか分からない
困る。非常に困る
「まだ恥ずかしがっているのか?」
「そんなすぐには慣れないわよ」
元々、公衆浴場や、温泉の大浴場だって殆ど利用した事がないんだ
家に帰ればお風呂はあるし、仮に温泉地に行っても、貸し切りの露天風呂を楽しんでいた
社会人になってからは、世界中を飛び回っていたから旅行に行く暇は無かったし、プールや海水浴だって、肌が焼けやすいからずっと避けていた
母の影響で欧州文化に染まっている訳でも、住んでいた事があるわけでもないけど、こうして思い返すと、肌を晒すと言う環境自体に殆どなった事がない
と言うよりも、元々あまりにも交友関係が狭い上に行動範囲も狭い
必要最低限しか外に出ず、スマホに入っている連絡先は多分10で足りる。魔法少女になる前までは、スマホの充電が数日切れっぱなしなんてザラだった
そんな人間が、人と肌を触れ合わせる事に慣れてる訳がない
「なぁに難しい顔してるのかしら、この子は」
「わっ?!」
もやもやと頭の中でそんなことを考えていると、いつのまにか目の前には墨亜の後頭部ではなく、にっこり笑った光さんの顔があった
思わず驚いた声を上げると、悪戯が上手くいったと言わんばかりにケラケラと笑い再び俺へと向き合う
「色々と難しく考え込み過ぎるのは、貴女の悪いところね。そんな難しいことじゃないわよ?ただみんなでお風呂に入ってるだけなんだから、ちょっとくらい気を抜きなさいな」
お湯に濡れた手でちょんちょんと鼻先を突かれる
その通りだとは思うけど、視界に広がる肌色が多過ぎて非常に心臓に悪い
お風呂に入っている訳だから、全員、タオルなんてものは取っ払ってしまっている
その状態で、目の前に来られると、その、丸見えなので、本当に視線に困る
「恥ずかしがったって真白ちゃんにも同じものが付いてるんだから、恥ずかしいも何も無いのに。これから大きくなる可能性だってある訳だし」
「だからと言って開けっぴろげはどうかと思います。お義母様」
「少しは隠して欲しいです」
この身体が成長するなら、確かにその可能性があるけど、それは全く関係ないし、早く隠して欲しい
「このー!!生意気な娘達めー!!」
「あっ、ちょっ?!わっ、千草!!置いて行くな!!」
「生贄は一人で十分だろう!?」
「逃がさないわよ!!」
「「きゃーっ!!!!!!」」
思わず出た苦言を千草と口にしたら襲われた。光さんがアグレッシブル過ぎる