魔法少女はじめました
時間ってものは流れるのが早いな。
高層ビルの屋上で、眼下に広がる光景を見ながら、俺は一か月前に魔法少女になる決断をした日を思い出していた。
半ば勢いに任せた行為だったなと、今考えてみれば思うし、よもやこういう結果になるとは予想もしていなかった。
でも、後悔はしていない。俺達二人のやってることは、日陰者の歩く道。表立って称賛されることのないことだが、いつか、誰かがやらなくてはならないことだと思う。
それを、俺達がやるだけの話。
「真白、そろそろ出番だ」
「そうだな。行くぞ、パッシオ」
「あぁ」
同じ様に足元で眼下に広がる光景。魔法少女による、魔獣討伐の状況を観察しながら、俺達は今回の戦いに干渉することを決定する。
ここ一か月で、友人や親友よりも代えがたい、相棒と呼べる間柄になった妖精のパッシオが肩まで昇って来たことを確認すると、俺は建っていたビルの縁から足を離し、一気に空中に躍り出た。
「『チェンジ!!フルール・フローレ!!』」
【CHANGE!!FLEUR・FLOR!!】
俺の声に合わせて、手に掲げたスマートフォンから電子音が響き渡る。以前から使っていたスマホが、俺が魔力を発現し、魔法少女になったことで、変身デヴァイスとしての機能を得たらしい。理屈は分からん。パッシオに聞いても、僕は研究者じゃないと言われて終わった。
そんなことよりも、俺の目の前に現れた真っ白な花を模した魔法陣が全身を覆い、俺の姿を一瞬で変化させる。
全身を覆うコスチュームは純白。一切の穢れの無い白。それ以外の色は一切ない。
全体的にはAラインの胸元がすぼまり、腰元から下にほっそりと広がるスカートの、ドレスに近い形状をしているコスチュームはフリルがあしらわれた可愛らしいデザインで有りながら、くどくない、大人の女性でも身に付けられるような清楚さがうかがえる絶妙さ。
ほんのり膨らんだ胸元から上は肌が剥き出し、ようは肩は丸出しの胸元で固定されるタイプで、背中も大胆に開いている辺り、本当にドレスと呼称しても良いようなデザインだろう。
スカートの丈はひざ下5㎝。白のショートブーツ、二の腕まであるグローブ。長くなり、色も白に変わった髪を纏めるのは白い花のコサージュ。それは左の胸元にも、小さいながらあしらわれていたりする。
髪型はハーフアップ。服装も相俟って、まるで何処かのお姫様だ。
「『チェンジ、コンプリート』」
【CHANGE,COMPLETE!!GOODLUCK!!】
変身を終え、その姿を純白に身を包んだ俺は、翡翠色をした瞳を目下に広がる光景へと向ける。
傷付いた魔法少女に、襲い掛かる魔獣の姿を、この目にしっかりと焼きつける。
「しくじるなよ」
「当然です。これ以上の暴挙は、私が許さない」
口調を魔法少女モードに切り替え、ぐんぐんとその高度を下げて行った俺達は、眼下にいる魔法少女と、襲い掛かる魔獣の間目掛けて着地する。
「きゃっ?!」
「ガウッ!?」
突然襲った、地面を割る衝撃に驚く魔法少女と魔獣を他所に、落下の衝撃をしっかりと受け止め、何事も無かったかのように立ち上がった俺は、舞い上がった土煙を振り払い、堂々とした口調で魔獣と対峙する。
「魔法少女、アリウムフルール。貴女を、守りに来ました」
純白の魔法少女、アリウムフルール。それが、俺が名乗る魔法少女の名前だ。
地面に降り立ち、華麗に口上まで決めた俺の姿を認識するや否や、目の前の魔獣は吼えたくり、その四肢を荒々しく動かしながら、こちらへと突進してくる。
その姿は恐ろしいが、生憎俺の敵ではない。この程度、恐らく脅威度はCクラス。並の魔法少女なら特に苦戦することなく倒せるはずのレベルの魔獣だ。
それでも、一般的な科学兵器はまるで効果が無いのだが。
俺のやることは実にシンプルだ。ただ、その首を、その四肢を俺が特化している魔法。障壁で拘束してやれば良いだけの話である。
「ッル!?グゥガァアァァァッァッ!!!!」
たったそれだけで、突進して来ていた魔獣は、いとも簡単にその場で身動きも出来ずに拘束されている。
少々騒がしいが、まぁそれよりも先に後ろで怪我をしている魔法少女へと、俺は意識を向けることにした。




