奇妙な噂
とは言うものの、やはり血を流し過ぎた。魔力も殆ど底をついた俺は、とうとうアリウムフルールの変身も維持できなくなり、ガクリと膝をつくようにして住宅街にほど近い路地に蹲っていた
「無茶し過ぎだよ。あの状況じゃ、確かにあれが一番効率が良いかも知れないけど、最善じゃないと僕は思う」
「ごめん、あの二人にあんな顔されたら、流石に自重するよ」
「相棒の僕の意見では無いんだね」
「拗ねないでよ」
魔力切れと貧血の倦怠感で動けなくなっている俺を見上げる様に、パッシオが今回の俺の行動について物申す、もといお説教を始めた
尻尾をぱしぱしと地面にたたきつけながら話している辺り、多分大分不機嫌だ。いや、まぁそうだよな
目の前で捨て身はやり過ぎた。自分の命を軽んじている人間に、誰かを助けることは出来ない。自分が見本になりながら、誰かを助けないと、助けられた側だって気分が悪い
パッシオにもアメティアとノワールにも、しっかり謝らないといけないなと考えながら、付けたままだった赤髪のウィッグの毛先ををかき上げていると
「っ!!誰だ!!」
パッシオが急に鋭い声を上げて、路地の先を睨み付けた先には
「おっと、流石は妖精。魔力探知には人間以上の嗅覚を持っているな」
以前、隠れの魔法少女を追い回していた怪しい男が姿を現していた
相変わらず不審者まっしぐらの全身を覆い隠す黒ローブを着ていて、陰になったローブの内側はうかがい知れない
「二度目だな、純白の魔法少女。まさか君が妖精と行動を共にしているとは予想外だったよ」
「あらそう?私としても、貴方がノコノコと現れた事がとても予想外なのだけれど」
不敵に笑う口元だけが窺える男に、俺はじっとりと汗をかく手の平を拭いながら、冷静に考えなくても非常に不味い状況に頭を巡らせる
相手は隠れとは言え魔法少女を捕まえて何かしようとしていると思われる連中だ。そんな相手に、負傷と魔力切れと言う二つの大きなハンデも持って、迎え撃てるだけの何かが出来るのか
魔力が使えない以上、今の俺はか弱い女性と同じ程度の力しか持たない。挙句身体は怪我と貧血と魔力切れの影響でガタガタだ
逃げることだってとても難しいと来た
「強がりも程々にしないと自分の首を絞めるだけだぞ?君が先程の戦闘で、魔法少女に変身できない程消耗しているのは確認している」
「っ……!!」
ハッタリをかまそうにもこれだ
この野郎、俺達が魔獣と戦ってたのを何処からか観察してて、わざわざ俺が一人になったところを狙ってつけて来たのか
だとしたらマズい。本気でマズい。そうだとするなら狙いが明確に俺、魔法少女アリウムフルールが狙いだ
その俺が確実に弱ってるところを狙ってる。マズい、どうする……?!
「アリウムに何をするつもりだ……!!」
「小さいながらも頼もしいナイトだな。だが、本来の姿ならともかく、弱体化した妖精ではただの人間にも勝てまいて」
全身の毛を逆立てて威嚇するパッシオに、男はくつくつと笑って受け流す
コイツ、妖精についてもやっぱり何か知っているのか
前回接触した時も、パッシオが妖精の魔力を感じたのなら、パッシオ以外の妖精と繋がりがあると思うのが妥当
分かってはいたが得体が知れなさ過ぎる。そんな相手に圧倒的不利な状態で接触されるなんて、本当に最悪だ
「さぁ、ご同行願おうか純白の魔法少女。なに、その瑞々しい身体を貪ろうと言う訳ではないから安心したまえ」
不敵に笑う男の笑顔が、背筋を震わせる程うすら寒かった