奇妙な噂
「ん?なんだあの赤いの?」
アズールの声に振り向くと、確かに宙に昇る紅い光が4つ。ノワールとアメティアのいる方向から窺える
私も一瞬眉を顰めるが、今はそちらを気にしている余裕は無い
「ブオオォォッ!!」
「のぉっ?!」
嘶きと共に、アズールのすぐ脇を巨大な角が掠めていく。素っ頓狂な声を上げながら避けてはいるが、戦闘中に呑気に視線を敵から外すバカがいるか
「あっぶねぇなぁ!!鹿のクセにいっちょ前に立派なもん持ちやがって」
「油断する貴様が悪い。で、あの光にお前は何を感じた?」
「悪意はねぇと思うぜ」
「ならよし、さっさとコイツを倒してノワールたちと合流するぞ」
飛び退って距離を取ったアズールにあの紅い光について一応聞くと、敵意はないという回答が返って来た。それなら構わん。敵意が無いならノワールに害は無いだろう
大方、アリウム辺りの魔法か何かだ。もし彼女があちらに行ってくれたのなら、ノワールの安全は確実に確保されただろうし、私は目の前のデカブツに集中していける
「相変わらずのシスコンだなぁ。いつか嫌われるぞ、お前」
「縛ってはいない。ただ、あの子に傷一つ付けさせない。そう誓っているだけだ」
「やり過ぎだと思うけどなぁ」
頭をだらしなくボリボリと掻くガサツなアズールに、私の繊細な願いは分かるまい
私の中心は常にノワールだ。あの子に傷をつけようなら身内だって切り捨ててやろう
そのノワールから、私は今離れてしまっている。一刻も早くあの子の近くに行かなくてはならないのに、この目の前のデカブツは中々に厄介だ
「ブルルルッ」
鼻を鳴らしながら前足でアスファルトを踏み鳴らす目の前の鹿の魔獣は角を含めたら体高7mは行くのではないだろうか
頭部から生える角も巨大だ。幾つもの槍が連なる様な形状とその鋭さ、何よりそのリーチの長さが厄介だ
武器のリーチは何物にも代えがたい圧倒的な有利を齎してくれる最大の武器だ
私の刀と、奴の角では数倍のリーチ差がある。あれを振り回されるだけで、私は一方的に防戦にならざるを得ない
特にアズールはリーチでも負けている上に機敏さも負けている。私以上に奴との近接戦は厳しい
それに加えてあの毛皮。多少刃を掠らせた程度ではまるで刃が立っていない。傷をつけるならもっとしっかりとした、根元から切り落とすような斬撃を要するが、それを許すほど甘い相手でもない
「アズール、何か都合のいい作戦を思いつけ」
「無茶言うんじゃねぇよ。元々ウチらの参謀はアメティアだし、器用なルビーは病院で寝てるし、アリウムは多分あっちに行ったし、作戦考える奴がいねぇ」
「貴様、ノワールが役立たずとでも言うのか」
「なんでそうなるんだよ?!」
ノワールに作戦が考えられないとでも言うのか。確かにあの子はまだ小学生だが、頭は決して悪くない、むしろ成績をみるならトップクラスに頭が良いだろう
それを言うことに欠いて作戦を考えられる頭が無いとはどういうことだ
「んなこと一つも言ってねぇよ。相変わらずめんどくせぇな。幾ら頭が良くても、11歳のノワールに司令塔は無理だろうが。経験値が足らなさ過ぎる」
「貴様よりは優秀だ」
「そう言う話をしてるんじゃねぇの。お前は11歳に生かす殺すの選択が出来ると思ってんのか」
そう言われては私は黙るしかない。確かにそれは酷だ
作戦を立案し、実際に指揮を執る司令塔とは時にそう言った冷徹な判断をしなくてはならない
15~16の私達がそれを出来るのかと言われればまた別の話だが、11歳に出来るとは私も思わない
気に食わないが、こんな口論をしている暇も惜しいのもある。私達は私達のやり方でやるしかあるまい
「ふんっ、ならさっさと片付けるぞ。その鈍重な武器で脚を引っ張るなよ」
「分かったからさっさとあの角切り落として来いよ。邪魔で仕方ねぇ」
真正面からぶっ潰す。作戦など立てて時間をかけるよりも早いに違いない。早くノワールと合流しなくては
そう心に決める私と、何故か大きなため息を吐くアズールと共に、目の前のデカブツと相対した
とてもありがたいご指摘を頂きまして、早速第一部に差し込みで一話入れました
お話に大きく関わるお話ではありませんが、読んでいただくとより深く物語にのめり込めるかも、です(自信はない
ブクマもズレてしまって申し訳ないですが、よろしくお願いします