堕ちた勇者
吹き飛ばされた時点でどうなるか、すぐさま体勢を立て直し、向かって来るのであるならタフネスさと技術、戦略、それらが組み合わさった強敵だ。
逆に、のろのろと起き上がっているようでは遠距離組の良い的だ。
「くっ……!!
「動かない方が良いですよ」
そして、この妖精はのろのろと立ち上がった。残念ながらその時点でチェックだ。よほどの事をしない限り私達に完全に取り囲まれている。
私の障壁、ノワールの狙撃、アメティアの大量の魔法。それぞれが待ち構えているこの状況を抜け出せるものなら抜けだしてみろ、と言いたいものだけど今までそうやって完璧な布陣を敷いてそれを破られて来たのも散々経験した。
この状況でも気は抜かない。ましてや相手は妖精。魔力総量と魔法は間違いなく私達より上なのだから。
「真白、そのままで。少し話があるんだ」
「えっ、ちょっとパッシオ?!」
そんな中、パッシオが起き上がる妖精へと近づいて行った。背中には当然私が乗っている。仲良く妖精のの近く、といっても5m程離れたところまで来てしまった。咄嗟に皆に待ったをかけて、魔法を放つのを待ってもらう。巻き込まれるし、話し合いをするというなら攻撃はご法度だ。
しかし突然だなもう。同じ妖精、話し合いで穏便に済むならそれに越したことは無いのは分かるけど、もうちょっと段取りを考えて欲しいよ。
「……雷属性に業物の剣。『辺境の勇者』、カレジとお見受けする。僕の名前はパッシオーネ・ノブル・グラナーデ。かつてミルディース王国で王家近衛騎士団の副団長を務めていた者だ」
『辺境の勇者』。その名前を聞く限りでは、人里離れた地域で武勲を上げた勇敢な妖精のようにも聞こえる。恐らく、パッシオもそのつもりで話しかけているんだと思う。
同じ国から来て、尚且つ人を助けるような高尚な精神を持つ数少ない妖精なら、確かに話し合いの場を設ければ少しは相互理解が出来るかも知れない。
問題は、妖精特有の傲慢さが何処まで出て来るか。相手の心理状態にもよるし、懸念材料はたくさんある。
そもそも妖精のなかでは相当な変わり者だと自称するパッシオですら、私達からするとまぁまぁな自分勝手さがある。他の妖精がどれくらいなものなのかを知らない私達からすると、未知の領域の話だ。
「――はっ、そんな名前はとっくの昔に棄てたよ。俺の今の名前はガビーだ」
「ではガビー、何故人間を襲う。君ほどの男であるなら、人と共に歩むことも可能だったはずだ。少なくとも、僕が耳にした君は強く、聡明で優しい者だったが」
絞り出すように声を出したカレジ、改めガビー。名前を棄てた、となると中々ただならぬ雰囲気だ。同時にガビーからはより強い魔力が放たれ始めている。
明らかな敵意。パッシオは目を細め、私達は何が起こっても良いように注視する。
「はははっ、強く、聡明で優しいねぇ。人と一緒に、ねぇ?んな事言ってるからお前も俺もグズだったんだろうよ」
「何?」
「そんな生温いこと言ってるバカのせいで、国が滅んだんだろ。なぁ?国も民も守れなかった騎士様よ!!」
バチリと雷が奔ったと同時に障壁に剣をぶつけるガビー。
その目に映る感情は明らかな憎しみだった。勇者、と呼ばれる者がここまで重く暗い感情を持つものなのかと思う。
いや、彼の言葉の端々、そして妖精が何故人間界にいるのかを考えれば、その憎しみにも多少の理解は出来るのかも知れない。
「お門違いなんじゃない?それで誰かを害して良い理由にはならないわ」
「ならテメェが代わりに死んでくれるのか?!」
バチンッと再び稲妻が奔り、障壁が2度3度と凄まじ勢いで斬り裂かれる。
勇者、と言うだけあってその技術と戦闘能力は高いようだ。
「お前がお前らが帝国に負けたせいで、ウチの集落は皆殺しだ!!何とか逃げ延びた連中ですら、とっ捕まってこっちに捨てられた!!皆死んだ!!皆お前ら国に殺されたんだ!!」
それは逃げ場の無い憎しみだった。どうしようにも敵は強大過ぎて、味方は為す術も倒れ、ただただどうしようもない理不尽に蹂躙された成れの果て。
私はアレを知っている。いや、私はアレになりかけていた。元々私はガビーと殆ど同じ立場に立っていた。
守りたいものを守る為に手に入れた力、それを奮って少しでも良くなればと努力し、それ以上の力で蹂躙された虚しさ。
かつて、私が『果てのない医師団』にいた頃、その最後の仕事で起きた惨事。
きっと、彼はそれよりももっと酷いところにいて、そこから救い上げてくれる人が誰もいなかったのだろうと思うと、胸が締め付けられる。




