奇妙な噂
しばらくそうしてお喋りに興じていると、30分ほどの時間で目的の病院までやって来た
まだ10時ちょっと過ぎ。病院は開いたばかりで人少なく、空いている状態だ
受診しに来た訳じゃないから、その辺りは全然関係無いんだけどね
「へっへー、一番乗りー!!」
「コラ碧、ノックくらいはしなさい」
ナースステーションに面会の旨を伝え、目的の朱莉ちゃんが入院している病室までやって来ると、駆け足で近づいて行った碧ちゃんが勢いよく病室のドアを開けて飛び込んで行く
その様子を見て、由香さんも目くじらを立てているが、ここは病院内。あまり声を張って注意するのも憚られるため、程々の声量で言ったのだが、碧ちゃんには聞こえていない様子だった
「全く。元気過ぎるのも困りものだわ。昔の雫を見ている気分」
「碧ちゃんのお母さんですか?」
「そ、村上 雫。朱莉の母親の朱里と、雫、私は幼馴染の同級生でね。子供の頃からずっと一緒なのよ。子供も年が近いから、こうしてお互いの子を預けたり預かったりも多くてね」
「あぁ、成る程」
それで碧ちゃんはごく普通に由香さんと紫ちゃんの家で気兼ねなくくつろいだりできる訳だ
家がちょっと離れているだけの3世帯家族みたいな感覚なんだろう
確かに朱莉ちゃん、紫ちゃん、碧ちゃんはそれぞれ年が一つずつ離れているのに、同い年の姉妹のような距離感だ
「全く、相変わらず朝から元気ね。ノックするとかするでしょ普通」
「わりーわりー。朱莉に会えると思ったら嬉しくてさ」
「そんな言葉じゃ誤魔化されないわよ」
碧ちゃんに続くように入ると既に朱莉ちゃんと碧ちゃんがいつものようにじゃれ合っている
うんうん、こうでなくちゃ
「由香、いらっしゃい。わざわざありがとう」
「良いのよ。半分自分の子供みたいなものだもの。どう、経過は?」
「順調よ。体力も回復して来たし、骨が完全にくっ付いたらすぐに退院出来るって」
朱里さんと由香さんの母親勢も顔を合わせたと同時にお喋りに興じ始めた。こちらも幼馴染だと言うし、気兼ねの無い間柄なのはよく見なくても分かる
「ところで」
「ところでなんだけど、由香ちゃん」
「「その子は誰(どちら様)?」」
うん、そうなるよね。俺としてはもうそのままいない物として扱って欲しかったなぁ。壁と同化しておくからさ、出来れば触れられずにいたかったんだけど、そうだよね、無理だよね
「朱莉ちゃん、朱里お母さん。誰だと思う?」
「えー?私知らないわよ、こんな可愛い子」
「私も申し訳ないけど覚えてないわ。昔に一度会ったとかかしら?」
ニコニコしながら俺の後ろに立って、金本親子にクイズを出す紫ちゃん。それに朱莉ちゃんも朱里さんも首を傾げてうんうんと唸り出す
いやまぁ、うん、普通は分からないと思う。髪型とか全然違うし、そもそも女装してここまで来るって言う発想が狂っている
「二人とも会ってるよ。朱莉ちゃんなんてちょっと前まで毎日会ってたくらい」
「えぇ~、毎日?毎日~?」
「ウチら三人は毎日会ってるぜ。いやホントに」
ヒントを出したところで朱莉ちゃんは首を傾げるばかりで眉をしかめ始める。その様子に碧ちゃんもからかうようにヒントを援護する
確かに朱莉ちゃんが入院するまでは毎日朝のランニングで顔を合わせていたから、間違っていないが、結構酷いヒントだとは思う
「私が会った事があって、朱莉達が毎日会っている人……。あっ、えっ、あれ???」
「朱里は分かったみたいね」
「えっ、でも、ええっ?!」
朱里さんの方は分かってしまったらしい。何度も俺と由香さんの事を交互に見るが、由香さんは面白がって何も言わずに笑うだけ
俺は恥ずかしくてどんどん顔が熱を持って行くのが分かる。出来るならこのまま地面に埋まってしまいたい
「ま、真白さん……?」
「……はい、小野 真白です」
驚く朱里さんが確認するように呟いた俺の名前に、俺は頷きを以て返す
もう恥ずかしくてたまらない。顔から火が出るって言うのはこういうことを言うんだと実感している
恥ずかしすぎて、手わすらをしていた手が汗ばんで来て、視線が下がって行く
そして、二人分の大絶叫が病院内に響き渡ったのだった