奇妙な噂
日を跨ぎ、次の日の早朝。早速、昨日聞いた噂を一緒にランニングして、一旦休憩している時に碧ちゃんと紫ちゃんの二人に聞いてみる
「その噂ですか。私達も最近よく耳にします。確か、隣のクラスの子もその神隠しに合ったとか」
よくご存じですね。と目をぱちくりさせて意外そうに言う紫ちゃんが、その噂の出来事を神隠し、と表現した
「神隠し、確かにそう言う風にも見えるか。それで?その子はその姿を消してた間は何してたんだ?」
「さぁ、その子は何も覚えてないらしくて……。その日、姿を消すまで何をしていたのかもぽっかり。ただ、身体の方は外傷も何もないみたいで、薬品の反応なんかも出なかったそうです」
神隠しと言う表現は実にイメージしやすい表現だと思う。突然姿をくらませて、突然帰って来る。しかもその間、そうなるまでの記憶が無くなってしまっているのは昔話や伝承で聞くような神隠しそのものだろう
ただ、現実においてそんな事態は考えづらい。今の世の中には魔獣こそいるが、連中は基本的に本能で動く生き物。そんな回りくどいことはしないし、出来ないはずだ
だとするなら関わっているのはほぼ間違いなく人間だ。ただ、その目的が分からない
誘拐するなら、監禁なんかをするだろうし、身代金の要求だってあってもおかしくない。肉体的なものが目的なら、外傷が無いと言うのもおかしい
人間を拘束するなら手や足を紐やテープで固定する。それもガッチリとだ
そうすると、身体には鬱血の跡や紐に擦れて出来た擦り傷が出来るはず。抵抗されれば、暴行だって当然考えられる
それらが無く、無傷で、記憶だけをぽっかりと無くして数時間足らずで戻って来る。奇妙な話だ
それにピンポイントで記憶がない、と言うのもおかしい。頭部に強い衝撃を受けたり、精神的に大きなショックを与えれば、確かに記憶喪失になってしまう事はある
ただ、その記憶があまりにも都合よく無くなり過ぎなようにしか思えない
記憶障害にも多数の種類がある。世間一般に言われる記憶喪失とは逆行性健忘症と呼ばれ、発症以前に起こった出来事が思い出せなくなると言う記憶障害だ
他にも新しいことが記憶できない前向性健忘症、記憶の詳細を思い出せなくなる一過性健忘症、自分のことを忘れてしまう解離性健忘など様々
その中で、その日起こったことだけを忘れてしまうなんてそんな都合の良いことが出来るのだろうか?
もし出来るのだとしたら、それはまるで
「……魔法」
「えっ?」
「あっ、いやなんでも無い。二人はそういうの大丈夫なの?」
うっかり余計な事を口走ってしまった。二人に魔法について話したって仕方が無いし、俺がまるで魔法に精通しているかのように話すのも奇妙な話だ
事実、確かに俺は魔法を行使する側だけど、二人は違うだろうし、二人に魔法少女だってことがバレるのも避けたいところ。とは言え、流石にバレることは無いと思うけど
「今のところは」
「ウチがそんなのに引っ掛かるタマかっての。逆に犯人を引き摺り出してやるぜ」
「ははは、頼もしいね」
最初こそおどおどしていた紫ちゃんも付き合いが長くなるにつれて冷静な一面が見られるし、碧ちゃんに至ってはぶん殴ってやるぜという勢いだ
確かにこういうことに首を率先して突っ込みそうなのは、案外ミーハーな一面がある朱莉ちゃんだ。あの子は今は病院で入院中だからその辺りは安心だろう
とは言え、世の中何があるかは分からない。二人にも十分に気を付けてもらいたいところだ
「てかよ、何だってそんな話を聞くんだ?」
「ちょっと小耳に挟んでね。皆の事を預かる時間がある大人としては、危険回避に努めないと」
「ふーん」
不思議そうに聞いて来た碧ちゃんにそれらしい言葉で返すと、本人は気の無い返事を返して来た。内容自体は別に特別でも何でも無いしね、ただ嘘をついているという訳でもない
この子達が心配なのも事実だ。そういう意味でも、この噂には目を光らせておく必要がありそうだ
「じゃあさ、ウチ良いこと思いついたんだけど。紫、協力してくれよ」
「協力?」
「無茶をするなら止めるからね」
「ウチらはなんにもしないさ。ウチらはな」
にししと笑う碧ちゃんの様子に何故かうすら寒いモノを感じたのは、1時間後の俺が身を以て体験することになる
この時、逃げてれば、あんなことには……
Tips:魔法具
Bクラス以上の魔法少女が所有する個別の専用装備。魔力の集合体で構築されており、その形は基本として魔法少女の最も強く願う事の影響を受け、形や性能に反映される
多くは武具の形を取るが、中には本や眼鏡、リモコンと言った日用品の形を取ることもある
それぞれが固有の形を取ると同時に、それぞれ固有の能力も保持しており
シャイニールビー:直剣、魔力を注ぐことで炎を纏い、剣の大きさを疑似的に変更できる
アズール:戦斧、魔力を注ぐことで重さが増す。余剰魔力は水となる
アメティア:杖、魔力操作の補助効果
フェイツェイ:刀、魔力を注ぐことで刀身が見えなくなる
と、各自独自の能力を保有し、最大の武器となっている。またBクラス認定の基準の一つともされ、魔法少女として、一人前になった証でもある