再戦
何が起きたのか分からず、思考が停止したままグイっと身体を無理矢理引っ張られる。
それにコンマ数秒遅れて、魔獣の拳が私がいたところに叩きこまれ、地面が大きく割れる。
「速い?!」
「ノン!!」
「グォンッ!!」
パッシオに引っ張られたことだけは理解は出来たけれど、まだ状況に思考が追い付いてないまま遅れて反応するフェイツェイとノンちゃんに攻撃を指示するパッシオ。それを受けて大きな身体に見合わないスピードで魔獣がいる場所を踏みつけるノンちゃん。
ズンッと地面が揺れる音と感覚を受けながら、ようやく自分の身に危険が及んでいたのだと理解が出来た。
【アリウム、ケガはない?】
「大丈夫です。すみません、対処が遅れました」
【いいえ、よく初撃を防いだわ。さっきまでとはまるでスピードが違うのに、無傷で済んだのは奇跡的よ】
通信で怪我の有無を確認してきた番長のおかげで無傷で済んだ。何も無ければ全く反応出来ていなかったのだから、画面越しで見ているというのに、番長の持つ長年の戦闘経験が如何に私達と大きな差を生んでいるのかが分かる。
そんな彼女がよくやったと褒めたのだから、本当に偶然に防げただけのものだったのだと思う。
もしあの一撃を貰っていたら、たったそれだけで終わっていたはずだ。
【クルボレレ、追えるわね?もう二個、ギアを上げなさい。出し惜しみをすると死ぬわよ】
「うっす!!」
そう言葉を交わした瞬間、クルボレレの姿が一瞬ブレて離れた場所で魔獣が振りかぶった拳を蹴り飛ばし、体勢を崩させていた。
今まで以上に速い。今まではどこら辺に動いたのかは何となく感知出来ていたけれど、いよいよ感知出来ない速度域にクルボレレは身を投じているという事になる。
そんなスピード、いくら魔法少女でも負担が無いわけない。
【フェイツェイ、貴女も出し惜しみは無しよ。あのタイプの魔獣の脚は、横の跳躍は得意だけど、縦にはせいぜい体長の5倍。12~3mの高度で待機しながら、跳んだところを狩りなさい。斬撃はいくら飛ばしても良いわ】
「分かった!!」
出し惜しみをしない。つまり、本気を出さねば負けると番長はこの状況を判断した。
時間的にもスピード勝負になる。クルボレレが体力切れを起こしたり、攻撃を受けたりした時点で私達の負けだ。
再度飛び上がったフェイツェイを見ながら。私は一旦ロゼの姿を解除して、通常のアリウムフルールの姿に戻る。
守りと補助に徹するならこっちの方が利がある。番長が今求めるのはこっちの姿の私のはずだ。
【理解と判断が早くてよろしい。とにかく妨害と防御に徹しなさい。因みに3秒の治癒魔法でどこまでやれる?】
「止血と骨折の応急処置です」
【十分。貴女は動く城壁よ。あらゆる攻撃を受け止め、兵が帰還したら癒し、敵の猛攻に時間を稼ぐ。良いわね】
「望むところです」
敵の進軍を妨害、牽制しながら、壁となり、治療もする。しかもどれをとっても最高レベルで熟せと。今までよりももっと精度を上げろという番長の指示内容にに、私は口角を上げて答える。
やってやろうじゃないの。皆を守るのが、私のやるべきことなんだって魔法少女を始めるその時にそう決めた。まさに今がその集大成を見せる時だ。
「皆を守る君を守るのが僕の役目だ。本気の本気で行こう、アリウム」
より濃密な魔力を練り上げ、集中する私の前にパッシオが守るように立つ。その姿にまた口角が上がる。
ノンちゃんも真似るようにして前へと進んで来て、いよいよ陣形としては準備万端といったところか。
「――『固有魔法』」
そして、練り上げた魔力が自身で制御できるギリギリまで到達したときに、自然と口がそう動いていた。
ロゼとランディッシュの時は『固有魔法』ではあるものの、厳密にはパッシオや優しさのメモリーの中にいる妖精の魔法を私流にアレンジしたものだ。私だけの『固有魔法』は今まで無かった。
それがこうも不意に頭に浮かぶものだとは思わなかったけれど、好都合。そのための魔法だと、私自身が確信できている。
脳裏に浮かぶのは小さいながらも豊かな城下街を抱える白亜の壁と薄い紫の屋根が美しい城。民を守り、国を守り、平和を願う女王が住まう城。
そんな城の中心。城内にある綺麗な花畑を抜け、女王が座るだろう玉座には、遠い場所に行ってしまった母の姿が何故だか鮮明に浮かび上がっていて。
イメージの中にいる母の視線は強く、それでいて美しく。そして私の背中を押すような笑顔で小さくうなずいた。
私も思わず無言で頷いてから、その魔法を完成させる。
「『幾千年紡ぎ繋いだ王家の城』!!」
その魔法名を聞いたパッシオが、何故か驚いた様子でこちらを振り向いていたのが少しだけ気になった。




