千草、放課後デート中
頭を悩ませている私に対して、五代さんは終始ニコニコとしている。そんなに面白いことがあっただろうか。思わず、なにか?と声をかけるといやいやと手を振ってから最近の私の変化について喋りだした。
「去年の今頃とかはずっと無表情でクールな女性だなって思ってて、それが魅力だと思ってたんだけどさ。最近は良く笑うし、喜怒哀楽が表情に出て可愛いなぁって」
「か、からかわないでください」
「からかってないよ。褒めてるんだって。前はそうだな、モデルさんみたいだって思ってたけど最近はなんて言うのかな。普通の女の子って感じになってさ。肩の力が抜けたって言うか、余裕が出来たよね」
前の常にピリッとしてる千草もアレはアレで良かったけど、と笑って言う五代さんを恥ずかしくて直視出来ない。あまり可愛いとかそういうのは不意に言わないで欲しい。
それだけで心臓が飛び出そうだ。ずっと真っ赤になりっぱなしの顔の温度は耳まで来ている。
周囲からすれば真っ赤になっている私と、余裕綽々な五代さんの見事なまでの対比になっていると思う。
「やっぱり半年くらい前に来た新しい妹ちゃんの影響かな。えーっと、真白ちゃんだっけ?」
「真白の影響、ですか?」
真白の影響は色々なところに出ていることは私も色々なところで実感している。
屋敷の雰囲気は良くなったし、学校では私に話しかけて来るクラスメイトも多くなった。いや、いなかったわけではないんだが特別用事が無くても話しかけて来る生徒が増えたんだ。
後は魔法少女同士の関係か、私達の中で一番大きいのは。1年前までは私と墨亜のペア、碧を中心とした紫と朱莉のトリオの二つのチームで明確に分けられていた。それが今では真白と舞、さらには要まで追加した大きなチームになろうとしている。
流石に要の正式な加入はしばらく先だろうが、魔法少女というのもあってか身体面での回復は著しく、退院から数か月という速さで既に車椅子生活からはほぼ脱却している。
ともかく、真白が私達に与えた影響というのは絶大と言っても過言ではない。そしてそれは私達が真白に与えた影響も同じように絶大だという事だ。
「俺は千草から聞いてるだけだから想像しかまだ出来ないけど、良い子だなってのはよく分かるよ。同じくらい不思議な子だなっても思うけど」
「不思議なのは間違いない。色々とズレてるから目が離せないんだ」
不思議ちゃんという評価にも私も大いに賛同する。真白ほど世間から見事にズレた思考回路をしている人間には出会った事がない。
世間知らずも多い郡女に在籍していても、真白ほどの天然記念物はそうそう見かけない。
芯はしっかりしているんだが、地に足がついていないというか専門的な知識は人一倍な癖に人として根っこの部分が不安定だから倒れやすい印象がある。
だから理論的な話や議論ではよく口が回るけど、感情的な口論や口喧嘩にはめっぽう弱い。
魔法少女として戦ってる時は誰よりも不屈の心を持っているくせに、日常生活ではとても泣き虫。
何とも両極端なものだ。さっきもそれでめそめそしてたしな。朱莉とちゃんと仲直り出来ていると良いが。まぁ、その辺りは碧の方が調整が上手い。アイツに任せれば問題は無いだろう。
人任せと言うな。適材適所だ。背中を押すのが得意なのは碧の方だ。私はまた違った強みを見つけるしかない。
「はぁ……」
「ため息なんてらしくないね」
「五代さんの前では滅多にしないだけさ。ことあるごとにため息ばかりだよ私は」
「はははは、妹ちゃんの事で悩むなんて良いお姉ちゃんじゃないか。ちゃんと考えて、誰かのためになろうとするのは千草の良いところだよ」
奇しくもそのことは先日要にも言われたことだ。五代さんまでそう言うという事は、客観的にみると私のよく考えるというのは長所らしい。
私としては悩んでばかりの短所だとばかり思っていたが、逆転の発想というか違う視点から見た時、というやつだろうか。
だとすれば、やはり私は自分が納得できるまで考え抜いた方が性に合っているという事だろう。
「親友にも同じことを言われた。親友からすれば、私はヒーロー気質なんだそうだ」
「言い得て妙ってやつだ。確かに千草にはヒーローって言葉はしっくり来るな」
「止してくれ。背中がムズムズする」
それでも私がヒーローだというのは何度聞いても慣れない。そんな大それたことはしていないし、器が足りないように思う。
周囲からは過小評価が過ぎると怒られるが、これもまた私の性格だ。直るか直らないかで言われたら、そう簡単に直るものでもないだろう。
そうやって笑いながら注文していたドーナツを頬張り、紅茶を口に含む。チェーン店のドーナツも天道さん達シェフが作る手作りのドーナツに負けないくらい美味しい。
流石にお茶は使用人たちが淹れた物の方が美味しいな。
なんて、勝手に味や香りの評価をしていた時だ。
「――っ!!」
テーブルに置いていたスマートフォンに着信が入り、着信音とバイブレーションの音が私の耳に入る。
着信画面は『本家』と出ている。これは私のスマホの画面を見てもどこから着信が来ているかを分からなくするためのカモフラージュだ。これならもし見られてもよく分からないし、私の立場を知っている者なら勝手に納得してくれる。
実際は『魔法少女協会』からの緊急連絡。主に魔獣の出現などによる緊急招集が掛かった時の着信画面だ。
「ごめん五代さん、急用が出来た。ウチの使用人に送らせるから先に帰ってて欲しい」
「うん、分かった。急ぎ過ぎて転ばないようにね」
「ありがとう。この埋め合わせはまた」
スマホを引っ掴んで駆け足で店を出る。鞄は店内で一般客を装っている使用人に任せればいい。
駆け足で移動したためにすれ違いざまに驚かせてしまった他の客に手短に謝り、外に出ると手ごろな路地裏へと駆け込む。
「千草です」
【お仕事よ。奴らが動き出したわ】
「――!!了解です、位置を教えてください!!」
電話口は番長。仕事用の硬い口調と無いように私も自然と背筋が伸び、内容に緊張が奔る。【ノーブル】め、とうとう動き出したか。
舌打ちもしながら路地裏の奥へ奥へと入っていき、完全に人気のない場所までやって来た私は変身のための詠唱を口にする。
「『纏うは願い。想うは信念。願いは刃金、心鉄の信念。断ち切れ真剣の如く、迷わず揺るがず顧みず!!』」
詠唱をしながら路地裏を駆け、跳躍する。纏い始めた魔力を動力に細い裏路地の壁を左右に蹴りながら上昇した私は繁華街の小ビルの高さをあっという間に飛び越えて行く。
「『抜刀権限』!!」
【Slot Absorber!! Hawk(鷹)!!】
変身とSlot Absorberへとメモリーの挿入を同時に行いながら空中へと身を翻した私は魔力で出来た翼を思いっきり羽ばたかせて一気にその高度を上げる。
「翠剣の魔法少女 フェイツェイ・フリューゲル!!斬られたい奴からかかって来い!!」
指示されたその方角へと翼をはためかせて、私は連中のふざけた行いを今すぐにでも止めるために現場へと急いだ。




